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日-EUのEPA「大枠」合意ってなんなのだ

7/28(金) 17:03配信

ニュースソクラ

日欧でトランプ対策の印象操作か

 日本と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)の締結で大枠合意した。焦点になっていた欧州からのチーズ、日本からの自動車への関税の撤廃・削減などで折り合ったもので、2019年中の発効をめざす。

 「自国第一」を掲げて保護主義的政策に走る米トランプ政権をにらみ、日欧が自由貿易の重要性を世界にアピールする形になり、大手紙もこぞって評価している。ただ、「大枠」合意という聞きなれない形で、とにかく合意の形にもっていった感もあり、成果を大きく見せる「印象操作」との指摘もある。

 安倍晋三首相が7月6日、EUのトゥスク大統領、ユンケル欧州委員会委員長とEU本部で会談し、合意を発表。共同記者会見で「誇るべき成果だ。自由貿易の旗手として手を携え、世界の平和と繁栄に貢献していく」と、自画自賛した。確かに、協定が発効すれば世界の人口の8.6%、国内総生産(GDP)の3割弱を占める巨大な自由貿易圏が誕生する。

 合意の内容は、欧州チーズの日本への輸出は、カマンベールなどソフトチーズを中心に低関税輸入枠を新設し、初年度2万トン、16年目に3万1000トンまで広げ、税率も段階的に下げて枠内分は16年目に無税化。欧州産ワインの関税も即時撤廃。欧州からのパスタやチョコレートも段階的に無税にする。

 日本から欧州へは、乗用車の10%の関税を7年かけて引き下げ、8年目にゼロにし、自動車部品の92.1%(貿易額ベース)も即時に関税を撤廃する。日本酒や日本産ワイン・ウイスキー、牛肉などの関税もなくす――などだ。

 難航する交渉を合意へとプッシュしたのは米英だ。アベノミクスの柱と位置付けた環太平洋経済連携協定(TPP)からトランプ政権が離脱したことで、日本としてはそれに代わる「目玉」として日欧EPAは格好の材料になった。

 一方、英国のEU脱退で求心力に陰りが出たEUにとっても失地回復の材料に日欧EPAはうってつけ。この日欧の思惑が一致したのが今回の合意といえる。

 ここにきての交渉経過を振り返ると、交渉が大きく動き始めたのは5月下旬、主要7カ国首脳会議(G7サミット)のため訪欧した安倍首相とEU首脳との会談で早期合意を確認したこと。6月に詰めの交渉をするという日程を設定。7月上旬に独ハンブルグで開く20カ国・地域(G20)首脳会議の際にまとめるという流れができた。

 実際の交渉は、6月13日からEU側首席交渉官が来日、30日、7月1日には閣僚協議も行い、ワインの関税撤廃などが順次決まったが、チーズと自動車で対立が解けず、合意を持ち越した。そして、G20首脳会議に向けて7月5日に閣僚協議がもたれ、ここで事実上決着。首脳会談で正式に合意を宣言した。

 この間の報道を見ると、7月1日までの東京での交渉でまとまらなかった際は、「大枠合意へチーズ最難関」(日経・6月30日朝刊)、「チーズ対立 車に影響」(読売・同)、「日EU溝浮彫」(朝日・7月1日朝刊)、「決着先送り」(毎日・2日朝刊)、「協議継続」(日経・同)、「自国産業重視 深い溝」(読売・同)など、難航を示す見出しが目立った。

 7月3日朝刊で朝日が「大筋合意の公算 首脳会談へ最終調整」の記事を載せ、「交渉を決裂させない」との自民党幹部のコメントを載せたが、都議選開票の記事に押されて4面3段見出しの地味な扱い。このころ新聞を読んでいたら、妥結は簡単でないと思ったはずだ。

 ところが、そこから事態は動く。「チーズに低関税枠」などなど妥協案も具体的に報じられ、「打開へ日本側検討」(毎日・4日朝刊)、「合意へ詰め」(朝日・同)など合意ムードを醸し出し始め、4日夕刊では「EU『6日大枠合意』」(日経1面)など、EU側発信の前向きな報道が広がった。5日朝刊では「大枠合意へ」(日経)など、合意に一気に走り、6日朝刊は全紙1面トップで「大枠合意」を報じた。

 この間の報道ぶりでは、読売の悲観的な報道が目立った。1日夕刊1面で「チーズ、車なお隔たり」として、特に農相の「こう着状態」とのコメントを唯一、見出しに取り、2日朝刊4面「自国産業重視 深い溝」、3日朝刊4面「EU側、強硬姿勢崩さず」と、大ぶりな解説記事を連発。

 2日朝刊で「大枠合意へ週内詰め」とした日経や、3日朝刊で「大筋合意の公算」とした朝日とは温度差が目立った。EU側の6日合意への見通し発言を受け、3面に「EU『大枠合意発表見込み』」と載ったのは、ようやく4日夕刊になってからだった。

 読売に限らず、一連の報道は、国内の酪農家などの反発も予想されるために、事前に中身を公にしにくい。また、日露首脳会談(2016年11月)の際に北方領土返還への期待を事前に煽って失望を招いた反省から、ギリギリまで合意の期待を高めないよう、政府が情報発信に慎重だったことと無関係ではないだろう。

 読売自身、合意を受けた6日朝刊7面で交渉の舞台裏を解説した。自動車業界を所管する世耕弘成経済産業相が6月下旬に自民党農林族の重鎮、西川公也元農相を訪ねて「頭を下げ」たと着々と「合意」への調整が進んでいたことを報じている。さらに1日までの東京交渉で岸田外相が「チーズでの譲歩のカードを示し」ていたことを書き、この時にEU側委員が首脳会談で合意できると「確信している」とのツイートしたのを「事実上の交渉終結宣言だった」と書き込んでいる。

 もちろん、後日の取材で裏の動きを知り、記事にすることは珍しくない。ただ、事前の難航を強調する報道は、厳しい交渉をまとめるという政府の英断を印象付ける効果があったのも事実だろう。

 「印象操作」ということでは、そもそも「大枠合意」という言い回し自体にも疑問がある。TPPなどの通商交渉では最終的な合意の前に「大筋合意」という言葉が使われている。「法律の条文を精査する必要などから、最終的に協定の文言は確定していないまでも、実質的にはほぼ100%合意した」(外交筋)ものだった。

 これに対して今回の「大枠合意」は大筋合意より低レベルの合意だ。具体的には、投資企業と進出先の国との紛争処理手続きなど積み残した難しいテーマがある。28カ国の承認が必要なEU側の批准手続きが難航する懸念があり、協定発効までにはなお数年を要するとの見方もある。

 トランプ政権発足による自由貿易への逆風に抗した日欧合意の戦略的価値は見逃せない。しかし、本当に実現するの?という点からは、今後の推移をなお見極める必要がありそうだ。

長谷川 量一 (ジャーナリスト)

最終更新:7/28(金) 17:03
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