ここから本文です

鹿島の母さん「引退」 チケット販売24年・道免さん

7/29(土) 4:00配信

茨城新聞クロスアイ

サッカーのJリーグ発足以来、鹿島アントラーズFCでチケット販売を担当してきた道免(どうめん)弘子さん(60)が今月末、定年を迎え退職する。鹿島の栄光を陰で支えて24年半。選手に優しい笑顔で接し、母親のように慕われてきた。「自分に与えられた仕事をしただけ」と振り返る。29日の試合を最後に、惜しまれつつ「引退」する。

Jリーグの試合が始まった1993年以来、主に選手の関係者やスポンサーに対するチケットの手配を担当してきた。「選手に余計な心配を掛けないよう気を付けた」と話し、細かな要望にも丁寧に応えた。

選手たちと接する機会も多く、「自分の子どもみたいでした」と振り返る。退職を控えた25日、選手たちからサイン入りユニホームと花束を贈られ、「本当に幸せ」と満面の笑みを見せた。

所属20年目の曽ケ端準選手(37)は「いつも笑顔で接してくれ、癒やされた」と感謝。主将の小笠原満男選手(38)は「裏方の人も含めてチームでありファミリー。貴重な戦力を失う」と惜しんだ。

道免さんは福島県いわき市出身。中学2年の時、親の転勤で鹿島町(現鹿嶋市)に移り住んだ。鹿島FCを立ち上げた住金鹿島(現新日鉄住金鹿島)に在勤していた縁もあり、93年に働き始めた。

「サッカーのことは全然知らなかった」。転機は93年5月16日、ホームでの開幕戦。ジーコやアルシンド、長谷川祥之、本田泰人ら実力選手を擁する鹿島が名古屋グランパスに5-0で圧勝すると、アントラーズ人気が爆発。同市粟生のクラブハウスにはチケットを求め、連日多くのファンが殺到した。その光景を見て「すごい所で仕事しているんだ」と実感した。

鹿島が国内主要大会19冠を誇る強豪クラブに成長する中、全ての優勝に立ち会った。「言葉では言い表せない感動。しかも、その時その時で喜びが違う。19回も味わうことができて本当に幸せ」と振り返る。

最後の勤務は29日、県立カシマサッカースタジアムで行われるヴァンフォーレ甲府戦の当日券売り場。かわいい「息子たち」の勝利のため、「最後までちゃんとやる」と裏方に徹する。 (藤崎徹)

茨城新聞社

スポーツナビ サッカー情報

海外サッカー 日本人選手出場試合