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目で観てわかるLINDBERGの歴史 36本のMVを完全収録したDVD集をリリース/インタビュー1

7/29(土) 18:30配信

エキサイトミュージック

 
■LINDBERG/DVD集『LINDBERG ALL TIME MUSIC VIDEO HISTORY』インタビュー(1/4)

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人に歴史あり、バンドにも歴史あり。1989年にデビューして以来、J-POPシーンをリードし続けるも、ボーカル渡瀬マキの出産を機に惜しまれつつ2002年に解散。2009年、20周年というメモリアルなタイミングで1年間の期間限定で復活。そして2014年、今度は自分たちなりのペースで継続した活動を決意し、改めて再始動──。そのLINDBERGが、これまでに制作した全35曲のミュージックビデオに、新たに制作した新曲「Fresh」のミュージックビデオを加えた2枚組DVD作品をリリースする。ある意味、ベストアルバム以上に大きなインパクトを感じさせられる本作にまつわる思い出、そして28年に及ぶ音楽活動について渡瀬マキに話を聞いた。
(取材・文/前原雅子)

復帰に際して、20代に戻るっていう考え方をやめようと思った

──オールタイム・ミュージックビデオ集は以前から作りたいと思っていたのですか。

渡瀬:そうですね、前から話は出ていたんやけど、いざまとめるとなると、いろんなところの了解を得なければいけないから。形になるまで、すごい時間がかかってしまったんですよね。

──ヒストリー的な作品というとベストアルバムもありますが、ミュージックビデオには、それとはまた違う想いがありますか。

渡瀬:やっぱり観るものでしょ。だから変な話、ピッチピチのリンドバーグから熟年に向かっていくリンドバーグまでの歴史を目で観てわかってもらえる。それってまるでドキュメンタリー映画みたいで面白そうやなぁ、みたいなのがあったんですよね。

──たしかに、着ているものをはじめ声以上のインパクトが。

渡瀬:そうそう。長袖Tシャツをブラックジーンズにイン!みたいなね。今またインが流行ってるでしょ。服装にも時代を感じるし。そりゃいろんな変化がありますよ、25年以上の間には。

──ご自分ではどうですか、変化を感じるということだと。

渡瀬:う~~~ん……、たるんだなぁ~~~~~。はははは。40歳くらいまでは、なんにも気にならへんかったんですけど。この2、3年がほんとに劇的なんですよ。なんなん、これ?!って。そんなこと言ってもしょうがないけどさ、みんなに平等に訪れることやしね。だからそういう変化もミュージックビデオで観れる(笑)。

──でもそういったことも前向きにとらえてるわけですよね。

渡瀬:そう思うしかないもんね。今のこの自分を受け入れて生きていかな、いかんよね。

──昔からそういうタイプでした?

渡瀬:いや……子どもを産んでからかな。息子を1999年に産んで、4年後に娘を産んで。息子のときも「……へっ?」と思ったけど、娘を産んで本格的に復帰をするための準備を進めてるときに「なんなんだ、これは……!」って思ってね。そこですっごい葛藤があったから。出産によって身体もすべてほんとに変わったし、声も変わったし、これからどうやってやっていけばいいのかって思って。それで数年かけてボイトレをやるなかで、20代に戻るっていう考え方をやめようと思ったんです。その年齢、その年齢で歌える歌を歌うってことが一番自然で、一番気持ちのいいことではないか、って。そこに行き着くまで、すごい葛藤があったけど。でも娘を産んですぐは、まさか自分が復帰するとは1mmも思ってなかったんですよね。

──復帰という気持ちは全くなかったですか。

渡瀬:なかったです。

──このあとはお母さんをしながら、また別の楽しみを見つけて。

渡瀬:生きていこうと思ってました。

──それ以前は、自分がそう思うようになると思っていました?

渡瀬:……それはね、正直、息子が私の中から出てきた瞬間、気持ちが変わったの。それまではもちろん、今までどおり歌う気でいたし。事務所の人に「11月が出産です、来年のスケジュールはこれです、復帰は何月何日、赤坂BLITZです、その後ツアーがあります」って言われても、「はい、わかりました~!」って言ってましたから。ところが出てきたら、息子と1秒も離れたくない!

──と思った。

渡瀬:思った。本能、母性、細胞すべてが息子に向かっていったんですね。それでも2年間、すでに出ているスケジュールは全部こなしました、三重県の鳥羽から母を呼び一緒に住んでもらって。息子が「かぁちゃーん」って泣くなか、私も泣きながら仕事に行ってたんですね。だって身体は息子を求めとるのに、それに背くことをしてたわけですよ、2年間。

──後ろ髪を引かれながら。

渡瀬:それがツアー中に息子が肺炎になり入院したことで、決定的になったんです。もう我慢できんと思って。息子を頼んでた母に東京で入院させるのは不安やから、地元に連れて帰って入院させたいって言われて、息子は三重県の病院に入院してたんですけど。大阪のライブの翌日が移動日やったんで病院に行って息子のベッドで一晩寝て、次の日の朝また「かぁちゃーん」って泣かれるなかライブに向かったわけですよ。その電車のなかで主人の平川達也(Gt)に「達ちゃん、私はあの子のお母さんやのに、あの子が一番しんどいときに、なんで私はそばにおらへんの」って大泣きしながら言ったんですね。……いや、今話してても泣けてくる。たまらんわ、なんやろこれ。もうあいつも18歳やのに、泣かんでええがな(笑)。

──今でも思い出すと泣けてくるくらい。

渡瀬:辛かったんです。でも会場に着いたら笑顔でライブをやりますよ。だけどそのとき「自分の気持ちに背いて生きていくことは、もうできひん」って思ったんです。それは来てくれる人にも失礼、歌に対しても失礼、息子に対しても失礼、メンバーに対しても失礼、みんなに失礼やからって。私はやめる、子育てをします、休止とかって待たせるのもイヤです、なぜなら気がすむまで好きなだけやりたいから、いつ気がすむのかわからないから。だから「解散させてほしい」ってツアーが終わってからメンバーに言ったんです。

──みなさんの反応はどうでした?

渡瀬:バンド内に女子がいるってことは、いつかは結婚して出産する日が来るのではないかって、頭のどこかにあったのかもしれない。だから何ひとつ文句を言わず、「うん、わかった」とだけ言ってくれました。言いたいことはいっぱいあったと思うけど、許してくれたんですよね。