ここから本文です

英国人・オルトの書簡70通 長崎県に寄贈へ 貿易の実態解明に期待

7/30(日) 9:58配信

長崎新聞

 長崎市のグラバー園内・旧オルト住宅に住んでいた英国人貿易商ウィリアム・オルト(1840~1908年)が、長崎で活動を始めた頃に本国の母親らに宛てた書簡約70通が、子孫方で見つかった。居留地史に詳しい長崎総合科学大のブライアン・バークガフニ教授は「オルトについてほとんど分かっていないのが実情。長崎に来て、オルト商会を設立したいきさつが解明できる」としている。

 書簡は、オルトが故郷を離れて航海に出た後の1853~64年ごろに書かれたもの。子孫に代々受け継がれ、現在はオルトのひ孫にあたる英国在住のモントゴメリー子爵夫人が保管。今年中に本県へ寄贈する意向という。

 バークガフニ教授によると、オルトは59年、幕末の長崎に来て、翌年オルト商会を設立。お茶など日本の産物を海外に輸出、中古船や鉄製品などを日本へ輸入し、巨万の富を築いた。68年に大阪に移り、72年に帰国。同時期に活躍したトーマス・グラバーに比べると知名度は低いが、当時の居留地でリーダー的な存在だった。

 60年2月3日付の母親へ宛てた書簡は、長崎から最初に送られたもので、長崎に住み着いたことや貿易業を始めたことが書かれているという。定説では、長崎の女性商人大浦慶がオルトから巨額のお茶の注文を受けたのは56年とされており、その検証も含め、今後の調査に期待がかかる。

 バークガフニ教授は「全体的に居留地の研究は遅れている。研究に子孫が持っている資料は重要。オルトの書簡はその一つで、居留地に関する資料は他にも出てくる可能性がある」と話している。

最終更新:7/30(日) 10:30
長崎新聞