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スイフトに追加された驚異のハイブリッド

7/31(月) 7:04配信

ITmedia ビジネスオンライン

 2016年の暮れも押し詰まった12月27日、スズキは主力小型車であるスイフトをフルモデルチェンジして発売した。国内ではBセグメントのコンパクトな5ドアボディ1種類(インドではセダンの設定あり)。搭載するエンジンは2種類で、1リッター3気筒直噴ターボエンジンと、1.2リッターエンジンに発電機兼用のモーターとリチウムイオンバッテリーを組み合わせたマイルドハイブリッドという構成だった。

【ステアリングのD形状は感心しない】

 新型スイフトは新旧最軽量モデル比で120キロもの軽量化を果たした新プラットフォーム「HEARTECT(ハーテクト)」をひっさげ、「走る、曲がる、止まる」というクルマの基本性能を向上させた意欲作と言える。若干古典的な動力特性のターボと比べると、実用域でのリニアな加速感に優れるマイルドハイブリッドは毎日の相棒としてなかなかの佳作モデルだ。

●わずか半年後の革命的追加モデル

 ところが、スズキはそれから約半年後の7月12日、今度は発電機兼用ではなく、駆動専用のモーターを搭載したストロングハイブリッドモデルを発売したのである。

 余談になるが、教科書的にはマイルドハイブリッドとはモーターのみでの走行ができず、モーターはあくまでもエンジンの補助として使われるタイプのハイブリッドで、ストロングハイブリッドはモーターのみでの走行も可能なモデルを言う。

 マイルドが付くか付かないかで一応の違いはあるにしても、消費者にとっては何が違うのかが少々分かりにくい。価格を見てみればマイルドハイブリッドの最廉価モデルが162万5400円、対して(ストロング)ハイブリッドの最廉価モデルは166万8600円。差額は4万3200円と大した差ではない。

 ところが、走ってみるとこれが大違いなのだ。それはスズキが発明した「コロンブスの卵」とも言える新しいハイブリッドシステムのお陰である。

 スズキのアイデアの核となるのは、スズキがオートギヤシフト(AGS)と呼ぶ、ロボタイズド・マニュアルミッションだ。聞き慣れない言葉だろうが、人間がクラッチを踏んでシフトレバーを動かし、マニュアルトランスミッションを操作する動作を模倣し、油圧や電動のアクチュエーターでクラッチとシフトを操作して旧来型のマニュアルミッションを制御するタイプの自動変速機だ。

 ロボットにマニュアルトランスミッションのシフト操作を代行させるのでロボタイズドとかロボット変速と呼ばれる。このあたり用語が統一されてないので名前がいろいろあってややこしいが、「ロボタイズド」「ロボット変速」「AMT(オートメーテッド・マニュアルトランスミッション)」などが一般名称、スズキの商品名が「AGS」ということになる。名前がブレるのは普及していないからだ。ここではAMTに統一する。

●これ1つで世界のマーケットをカバー

 さて、スズキはご存じの通りインドで大成功を収めている。インドでは今猛烈な勢いでクルマが普及しており、そうすれば当然イージードライブの要求は出てくる。ところが、従来のトルコンステップ型のオートマや、CVT(無段変速機)、あるいはDCT(ダブルクラッチトランスミッション)などの変速機は新興国ではインフラ的にメインテナンスが難しい。本来はクリーンルームで整備しなくてはならない精密機械なのだ。つまり、オートマ需要の増大が予測されるが、既存のオートマはどれも投入しにくいというのがインドの現状である。

 従って、これまではマニュアルトランスミッション1本で戦ってきたのだ。スズキはここに投入できるイージードライブ用トランスミッションとしてAMTを開発し、現在インドにトランスミッション専用工場を建設中である。何と言っても変速機の本体は頑丈で単純なマニュアルトランスミッション、どこでも修理が可能だ。追加されるアクチュエーターは壊れればそっくり部品交換で済ますことができるので新興国でも心配ない。

 ところがこのAMTは先進国ではすこぶる評判が悪かった。特に日本では拒絶に近い反応である。何がそんなに嫌われるのかと言えば、「トルク抜け」と呼ばれる現象だ。アクセルを踏んでクルマが加速する。エンジン回転が一定まで上がると、AMTはクラッチを切って変速操作に入る。この間、クルマを押していた力が抜け、グッと失速したように感じる。全開加速の場合など本当に頭が前に振られるような感じを受ける。マニュアルトランスミッションに乗り慣れた人なら、変速ポイントを感覚的に覚えて、そこで少しアクセルを抜いてやれば比較的スムーズに加速することもできるのだが、そういう面倒なことが嫌だからと自動変速機を選ぶという人にとっては、かなり不快な現象だったのである。

 ということで、国産小型車の国内向けモデルの大多数には変速が滑らかなCVTが搭載されている。ユーザーの嗜好に合わせるならそうするより他は無かったのである。

 そうした中、スズキはAMTのドライバビリティ向上に、ハイブリッドを使う手を編み出した。スイフトに先んじてソリオに搭載されたこのシステムは極めてクレバーで、トルクが抜ける時にトルクの落ち込み分をモーターで加勢してやれば、失速感を感じないはずだという理屈に基づいている。

 ただし、それを製品化しようとするのは簡単ではない。大抵のハイブリッドシステムはトルクを断続するクラッチのエンジン側にモーターが付いている。これだとクラッチを切るとエンジンとモーターがどちらもタイヤに動力が伝えられないので、トルク抜けのケアはできない。それをさせるためには少なくともクラッチより下流にモーターを据え付けなくてはならない。クラッチを切ってエンジントルクがタイヤに伝わらなくても、モーターがクラッチより下流のタイヤ側にあればモーターでは駆動力がかけられる。

 スズキの場合、「エンジン→クラッチ→トランスミッション→デフ」と並ぶパワートレーンの最下流にモーターを取り付けた。しかもモーターのトルクを増大させるために減速機を備え、チェーンを使ってモーターの動力を伝える仕組みを構築した。

 さて、こうすると何が良いか? 新興国も先進国も全部同じマニュアルトランスミッションを使える。新興国のローコストニーズにはベーシックなマニュアルトランスミッションを。新興国のトルク抜けにあまりうるさくないイージードライブニーズにはそれにアクチュエーターを加えたAMTを。変速に洗練を求める先進国ではこれにハイブリッドを加えてやれば全てのニーズに対応できる。つまりコンポーネントの追加だけで世界の市場のニーズに応えられることになる。これによるコストダウンは莫大なものになるだろう。

●技術と見識

 しかしそもそもベースとなるマニュアルトランスミッションは性能的に優れているのだろうか? 実はマニュアルトランスミッションは、安価、軽量、小型、高信頼性で駆動力の減損も最小。しかもトルク伝達のロスがほぼ無いので、ダイレクトなフィールで運転感覚的にも優れ、美点ばかりである。後出し的に言えばAMTの欠点は唯一「トルク抜け」だけだったのである。

 実用車用として考えれば、スズキのAMTにハイブリッドを加えたシステムは現時点で究極のトランスミッションだと言える。

 軽量小型という面で言えば、この究極のトランスミッションとHEARTECTの相乗効果で、スイフト・ハイブリッドは、ストロングハイブリッドでありながら1トンを切る車両重量940キロに収まっている。どれだけスゴいかは、非ハイブリッドのBセグメントの各社最軽量モデルと比べるとよく分かる。日産マーチ(940kg)、トヨタ・ヴィッツ(970kg)、ホンダ・フィット(970kg)、マツダ・デミオ(1010kg)。重いのは当然とされてきたハイブリッドなのに、スイフトの他モデルを除けば、マーチと並びセグメント最軽量である。そのせいもあってJC08モード燃費は32.0km/Lとトップクラス。実に自動車の歴史に新たな1ページを加えるほどの事件である。

 実際に乗ってみるとどうか? それでフィールが悪ければいくら理屈だけ良くても話にならないが、システムの制御がすこぶる良い。見切りの見事さに驚いた。モーターはエンジンとは比較にならないほどレスポンスが良いので、やろうと思えば技術的にはトルク抜けを完全に消すこともできたはずだが、トルク抜けを不快ではない程度に意図的に残している。

 CVTに乗ると分かるが、無段階変速は人間の感覚と合わない部分がある。そろそろ加速を止めようとアクセルを緩めているのに、エンジンの回転が下がりながら速度が上がって行く現象はその象徴だと言っても良い。音やリズムの変化と加速の関係性は人の感覚に沿ったもので無くてはならない。変速というメソッドをクルマの走行に必要なものと考えるならば、本来加速中の変速時は少しだけ加速が弱まり、変速後にエンジンの回転が一度下がってから再びトルクで押し出されるべきである。そういう自然な感覚がスイフト・ハイブリッドにはきちんと作り込まれていた。その意図的に残された加速抜けは恐らく気にしない人には分からない程度であり、うるさ型の人には機械が何をやっているかがよく分かるセッティングになっている。

 筆者は試乗から戻って「こういうセッティングになったのは偶然なのか?」とエンジニアに聞いたが、偶然でも何でもなく、納得いくセッティングになるまで何度も何度も微修正を加えて粘った結果だと言う。その見識には正直舌を巻いた。お見事としか言いようがない。

●国産Bセグメントの白眉

 もう1つ、わずか半年で乗り心地が大きく改善されていた。ダンパーの微速域の動きが明らかにスムーズになり、往年のフランス車のような穏やかで平穏な乗り心地になっていた。柔らかいにも関わらず、抑制がしっかり効いており、微舵角から大舵角まで非常に素直なハンドリングと乗り心地が高次元で両立されている。恐らくはCVTよりダイレクト感の高いAMTと、アクセル操作に対してトルクの出し入れのレスポンスの良いモーターのお陰で、タイヤの駆動力がドライバーの意思に忠実にコントロールできることがそういう結果を生んだと考えられる。

 ベースとなったスイフトの欠点は、ペダルのオフセット、骨盤の前後ホールドが少し緩いシート(ただし左右方向の骨盤保持はかなり優秀)、下を切り落としたD型のハンドル(テコの長さが場所によって変わるのは理想的ではない)、視認性よりデザイン性を重視したメーターの4点だった。それらは元のままで直っていない。

 ハイブリッドモデルのみの欠点と言えば、バッテリーの充電状況と負荷の様子で時折エンジンを止めてモーターのみの走行になったとき、エアコンが止まってモワッとすることがあった。エンジニアによれば「一応エバポレーターの温度を測ってできるだけエアコンが効かない状態は回避しているんですが……」とのこと。試乗日は強烈な暑さだったと言うことは一応添えておく。しかしスイフト・ハイブリッドを全体で見れば、それらの欠点を埋めて余りあるほどパワートレインとサスペンションの出来が素晴らしい。ペダルオフセットさえなんとかなればという気持ちは強いが、筆者は試乗の間中ニコニコしていた。

 今、国産のBセグメントでスイフト・ハイブリッドとまともに戦えるのは恐らくデミオのガソリンモデルだけだろう。ペダルレイアウトではデミオの圧勝だが、乗り心地に関しては少しスポーティーに振ったデミオより、穏やかだがハンドリングを犠牲にしていないスイフトに軍配を上げたい。Bセグメントの購入を考えているならば、スイフト・ハイブリッドは要チェックである。

 しかし、これだけの革命的な仕組みを持つモデルを「スイフト・ハイブリッド」という何の変哲も無い名前で売り出すしか方法はなかったのか。スズキはもう少し欲を持った方が良い。スゴいものはスゴそうな名前でないと分からない。

(池田直渡)