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気づけば両親が認知症に…プロでも大変な「親の介護」の実態

7/31(月) 6:00配信

ホウドウキョク

「いつかは親の介護が必要になるだろうな」とは思っていても、いつか来るXデーに備えられている人は少ない。多くの人はその日が来た時に慌てふためき、その時から情報収集を始めるようだ。「親の介護をどうやっていくか」という心構えを事前に持っておくだけで、いざその時が来ても落ち着いて対処できるはず。

40代でも介護が必要になるケースもある…?

今回、実際に自身の両親の介護をしながら、漫画家、そして介護福祉士として活躍している八万介助(はちまん・かいすけ)さんに話を聞いた。

とうとう“親の介護”がやって来た…

「漫画家、イラストレーターとして20年近く仕事をしてきたのですが、出版不況ということもあり、2010年に49歳でヘルパーとして介護の仕事を始めました。なんとか1年くらい経った頃、湘南に住んでいる当時80歳だった母親から『お前が歯ブラシとコップを盗んだんでしょう!?』と恐怖の電話がかかってきたんです」

介護の仕事をしていた八万さんは、その電話を受けてそれが認知症の代表的な初期症状である“物盗られ妄想”だとすぐに気づいたそう。しかも、母親だけではなく父親にも“物盗られ妄想”が発症していた。その頃の八万さんは千葉県で奥さんと二人暮らし。介護の仕事もそう簡単に休めないため、しばらくは電話でやりとりしながら様子を見て、休みの日に実家へ帰るという日が続いたという。

「まずは、実家近くの地域包括支援センターへ相談に行きました。そこで主任ケアマネジャーさんに相談し、要介護認定を受けたんです。要介護度は“1”でした」

両親の状態や性格、八万さんが遠隔地に住んでいるということも考えながら、主任ケアマネジャーが両親に最適なサービスを考えてくれたという。両親がデイサービスを受けるのを嫌がるため、週1~2回、看護師さんの訪問介護サービスを受けるようになった。

「看護師さんが健康状態や生活状況について、電話で報告してくれる訪問介護サービスには、とても助けられました」

認知症の進行で、実家に帰ることに…

しかし、介護というものはずっと同じ状態が続くわけではない。2014年5月、八万さんのところに主任ケアマネからSOSの電話が入る。

「『お父さんとお母さんから目が離せない、同居できませんか』と言われたんです。ちょうど介護福祉士の資格を取った頃でした。まあ、来る時が来たなと…。それで勤めていた介護老人保健施設を退職し、妻とともに秋頃に湘南へ引越ししました。妻も本心では嫌だったのかもしれませんが、妻の両親は亡くなっていたこともあり、黙ってついてきてくれましたね」

現在、認知症の症状がひどくなったお父さんは特別養護老人ホーム(特養)に入居しており、お母さんは家で同居しているという。

「両親ともに施設に入ってもらうとなると資金面の負担が厳しいので、母親には実家で暮らしてもらい、土日も含めて毎日デイサービスに通ってもらっています。母親は17時まで施設にいて、夕食を食べてから帰ってきます。母は人工透析が必要なため食事制限が必要なんですが、そのあたりの管理もお願いできますから。

とはいえ、たまに夕食を食べたことを忘れて母親が台所で食べ物を探し回っていることもありますね。そうした場合は、本当はよくないのかもしれませんが、たまにアイスやスイカを食べさせて大人しくさせることもありますよ。一晩中騒いだり泣かれたりするよりは、少しスイカを与えて満足して機嫌よく寝てもらう方がいい。僕にも妻にも暮らしがありますから、それで家族全体のQOLを保つことも必要です」

介護福祉士の資格を持つ八万さんだけに、その言葉には説得力がある。

「でも、介護のプロとして他のお年寄りの世話をするのと家族の介護をするのでは、まったく違いますよ。仕事では何を言われてもニコニコ対応できるけど、両親に悪態をつかれたら本当にイライラして、たまに怒鳴ってしまったりしますからね。カッときたら6秒待つ、その場を離れるなど、まともに会話しないようにしています。

親の介護においては、100%原理原則を守ろうとすると疲れちゃうから、ゆるめるところはゆるめる。自分で全部背負いこまずにケアマネや看護師さん、介護福祉士に相談する。ノウハウを教えてもらって対応策を考えることで平穏な生活が送れるようになるんじゃないかな。介護でキレて事件なんかを起こさないように、介護している家族の生活のペースを守るようにしています」

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最終更新:7/31(月) 6:00
ホウドウキョク