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参加は「公休」扱い これぞ博多流、社員育てる神事【山笠】

7/31(月) 11:00配信

qBiz 西日本新聞経済電子版

■「櫛田入り」に憧れた同級生

 「あいつががんばりようけん、オレも負けられん。そんな気持ちはあります」

 恵比須流(ながれ)の赤手拭(あかてのごい)、本田祥久(22)はそう言った。

⇒【前回】「僕、『コネ入社』なんですよ」 これぞ博多流、社員育てる神事【山笠】

 本田はふくやの6人の新入社員のひとりだ。「あいつ」とは、岡崎大地(22)。岡崎と本田はともにふくやの新入社員で、博多小、博多中の同級生だ。

  福岡市博多区中呉服町(旧官内町)で江戸時代から続く寺の長男。初めて山笠に出たのは7歳のときだ。小中時代は当然のように参加してきた。中3から高1にかけて、所属する町内が当番町になったため、 地鎮祭、棒洗い、人形の飾り付けなど、毎週末行事に参加し、山笠の歴史的背景や祭りの意味を知った。

 高校に進学すれば、もう山笠には出られなくなるだろうと思っていた。ところが、新任の校長が同じ恵比須流の先輩で、職員会議に諮った結果、山笠参加は教師、生徒ともに「公休」扱いに。そして本田も引き続き山笠に参加することとなった。

 高2の夏、部活の柔道でじん帯を切って手術したため、初めて山笠を眺める立場になった。もどかしい思いをした反動で、高3の夏は期間中の全ての行事に参加。福岡大学に進学してからは、毎月の飲み会にもフル参加するようになった。

 赤手拭を目指し始めたのはその頃だという。

 「先輩たちの櫛田入りがカッコよくて、僕も選ばれたいと思いました。それは、自ずと赤手拭を目指すことになりますから」

 翌年、自分以外は全員が赤手拭というなか、役職をもたない若手の本田が櫛田入りのひとりに選ばれた。

  緊張のあまり、本番のことは覚えていないという。

 20歳のとき、町内に8人しかいない赤手拭に最年少で選ばれた。現在は赤手拭のトップ・若手頭をサポートする赤手拭補佐だ。

■仕事と山笠のバランスに悩みも

 ふくやは、就活時の第一志望だった。

 「博多や福岡のために役に立つ仕事がしたいと思いました。山笠にしても、博多の人だけが楽しむのではなく、外の人にも知ってほしい。ふくやは、山笠だけではなくアビスパ福岡の支援をはじめ、福岡を盛り上げることに力をいれています。会社の地域貢献の姿勢が魅力でした」

 6月までの新人研修が終わり、7月に営業部ダイレクトマーケティング課に配属された。コールセンターで、数十名のパート社員に交じって電話注文を受ける。中元の繁忙期に休むのは、気が引ける。ふくやは「山笠に出る人を応援します」という方針を打ち出してはいるものの、実際に現場で上司や同僚の同意をとりつけるのは、山笠に出る社員それぞれの働きにかかっている。

 だが本田には、実績がない。

 「パート社員のモチベーションをあげるために、1時間に何件の電話をとったかを競う社内キャンペーンが行われています。僕は2日目に1位をとりました。その後もずっとトップ3に入っています。山笠の間でも出社時はがんばっていることを示そうと思いました」

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