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米の移民政策、IT人材獲得の好機とみるカナダ

7/31(月) 16:17配信

ウォール・ストリート・ジャーナル

 【トロント】温暖な米シリコンバレーとの競争に長年苦戦してきたカナダのハイテクセクターは、有能な人材を確保する上で米政権の移民に対する姿勢硬化を好機と捉えている。

 売り文句はこうだ。カナダには複数の国際都市があり、医療保険の負担は手頃で、そして何よりも重要なことに、就労ビザや入国条件に関して、米国よりも確実性が高い。これは多くの経営幹部がトランプ政権下にはないと感じているものだ。

 トロントを拠点にオンライン小売業者の製品情報管理をサポートする新興企業、ハバのベン・ジフキン最高経営責任者(CEO)は現在米国にいる潜在的な従業員にこう呼びかけている。「永遠にカナダにいる必要はない。トランプ政権のあいだだけでも十分だ」

 半分は冗談だが半分は本気だとジフキンCEOは言う。カナダの経営幹部や政府高官、ベンチャーキャピタリストなどは今、優秀な人材獲得のために協力して動いており、同CEOのメッセージはその一例だ。彼らはカナダの成熟しつつあるハイテクセクターにとって、こうした状況はまたとない好機とみて飛び付いているのだ。

 サンフランシスコのベイエリアでの採用活動から先月戻ったジフキンCEOは「1年前に話ができたのは母国に帰りたがっているカナダ人だけで、優秀な人材は不足していた」と振り返る。サンフランシスコで20人の経営幹部候補者と面談したという同CEOは「今回はかなり良かった」と述べた。

移転を決めた企業も

 そうした取り組みは、トランプ政権が移民規則や労働者の入国に関する法律の厳格化に向けて4月に制度の見直しを開始したとことを受けてのものである。制度に変更があれば、米国のハイテクセクターやその他のホワイトカラーセクターで働く高い技能を持った労働者向けの査証(ビザ)「H-1B」を利用している大勢の外国人に影響が及ぶ可能性がある。

 エクストリーム・ベンチャー・パートナーズのレイ・シャーマCEOは米国市民ではないのに米国に住んでいる、あるいは住むことを検討しているハイテク企業の創業者に対して次のように述べている。「新興企業を経営していて、最も不確かな事業の1つにかかわっているのに、居住権の不確かさまで加えるなどどうかしている」

 トロントに拠点を置くベンチャーキャピタル企業のエクストリーム・ベンチャーは米国やその他の国に拠点を置く新興企業のカナダへの移転や従業員の市民権取得をサポートしている。

 「非常に簡単に納得してもらえることもある」とシャーマCEOは話す。「カナダと言った時点で相手の心をつかめるのだ」

 企業のサプライチェーン業務をサポートするクラウドベースのソフトウエアプラットフォーム、フルフィル・ドット・アイオー(fulfil.io)は移転を決めた企業の1つだ。インド出身の2人の創業者はH1-Bビザの期限が切れ、更新が難しいと分かって米国を離れざるを得なくなった後、5月にカナダへの移住を決めた。その1カ月後、彼らはカナダで最初の商談をまとめた。

 フルフィルのシャルーン・トーマスCEOは「カナダは成長するのに適した場所のようだ」と話す。「最初にカナダを検討しなかったことに驚いている」

 ただ、アルファベット傘下のグーグルやフェイスブックといったハイテク大手が君臨するシリコンバレーからエンジニアやプログラマーを横取りするのは依然として難しい可能性がある。シリコンバレーの方が給料は高く、ベンチャーキャピタルセクターの規模が大きく、冬も暖かいからだ。

 カリフォルニア州サンマテオに拠点を置く人工知能(AI)分析会社ルミアタのデータ科学者、メレディス・トロッター氏は母国であるカナダにいずれは帰るつもりだが、今戻らなければならないと考えるほど好条件の転職先は見つかっていないと話す。「そうした転職先が現実のものとなり始めても、母国に帰る準備ができるかはわからない」とトロッター氏は言う。

政府の試験プログラム

 最近まで、カナダの企業に採用された外国人が就労ビザを取得するまでには最長で1年かかる場合もあった。移民弁護士のジョエル・グベルマン氏はこれについて「実際的ではない」と述べた。

 ところがカナダ政府は先月、そうした長期審査を短縮し、煩雑な申請手続きの削減を目指した試験プログラムを発表した。このプログラムの下では、就労ビザや一時滞在ビザが1年ではなく2週間で発給される。

 オンラインでケータリングサービスのプラットフォームを提供するプラッターズはすでに3人の新規採用者のためにその試験プログラムを利用しており、うち2人は先週、カナダに到着した。トロントを拠点とするその新興企業のエラン・ヘニッグCEOは「われわれがそのプログラムを利用し始めたとき、政府は毎日電話をかけてきて、その手順を最初から最後まで説明してくれた」と話す。「政府があれほど丁寧に指導してくれるとは予想外だった」

 カナダのハイテク業界が拡大していくなか、外国人採用の取り組みも強化され始めた。オンライン小売業者のためにソフトウエアを開発するショッピファイ、不動産に関するデータとソフトウエアを扱うリアル・マターズなど、いくつかの新興企業は近年、新規株式公開(IPO)を実施してきた。またカナダはAIの重要な拠点となりつつある。ベンチャーキャピタル投資は2016年に過去最高額に達した。トムソン・ロイターによると、37億カナダドル(約3300億円)が571案件に投資され、その総額は前年比37%増だったという。

 そうした大幅増にもかかわらず、同じような投資活動の規模は依然として米国の数分の1である。

 カナダの大半のハイテク企業が拠点としているオンタリオ州は年内にもシリコンバレーの技術者や経営幹部を狙った広告キャンペーンを打つ予定だという。トロントのハイテクの中心地、医学研究科学センター(MaRS)でベンチャーサービス担当の責任者を務めるサリーム・テジャ氏は昨年11月、シリコンバレーの国道101号線沿いに2つの看板を立てる出資グループに加わった。その看板に書かれてあるのは「Go North(北へ向かえ)」という文字だ。

 同センターが今月実施した調査では、回答があった急成長企業26社中の17社でカナダ国内の求人に対する米国在住者の応募が2016年と比べて目立って増えているということが分かった。回答した企業の1つ、ショッピファイは具体的な原因については特定できないとしながらも、2016年の平均を40%上回る伸びを経験したと述べた。

 「不安レベルの高まりが優秀な人材を引き寄せる要因になっているということに企業は気付いている」。カナダでの開業を目指している新興企業をサポートするコンサルティング会社、トゥルー・ノースの共同創業者、マイケル・ティペット氏はそう指摘した。

By David George-Cosh and Jacquie McNish