ここから本文です

きょうから8月 過去8月に起きた出来事 上海環球金融中心完成、パリバショック……

8/1(火) 16:40配信

ZUU online

日本人にとっての8月は「終戦」「お盆」「夏休み」のイメージだが、金融・経済分野では夏に大きな出来事が起きている印象もある。その視点から過去の8月とはどんな月だったのか、ここ30年ほどを振り返って見てみよう。


■2008年、中国の経済躍進の象徴的存在「上海環球金融中心」が完成

2008年8月28日、高さ492m、101階建ての超高層ビル「上海環球金融中心 (Shanghai World Financial Center)」が上海で完成した。その前年の2007年初めには、中国の経済規模は購買力平価ベースで世界2位の約10兆ドルに達しており、まさにこのビルは大躍進する中国経済の象徴的存在となった。

その後、2010年に中国は為替換算レートベースで日本を追い抜き、第2位の経済大国となり、一部の識者の予想では2040年までに米国を追い抜くともいわれている。そのとき、上海はどのように様変わりしているのだろうか……。

■2007年、「パリバショック」は「リーマンショック」の前触れだった

2007年8月9日、米国の住宅融資サブプライムローン関連の証券化商品の市場が混乱したことから、フランス・パリを本拠地とする金融グループBNPパリバ傘下のミューチュアル・ファンドが投資家の解約を凍結すると発表。これにより世界の金融市場がパニックに陥り、その後の世界的金融危機の一因となった。このとき、1週間ほどでドル円が約10円、ユーロ円は約15円、ポンド円は約20円、それぞれ下落している。

この出来事は「パリバショック」と呼ばれ、その後、金融市場ではサブプライムローン関連商品の買い手がつかず、信用不安が進行。いったんは軟着陸するかにみえたマーケットも、2008年3月の米大手証券のベアー・スターンズの経営危機と同年9月のリーマンショックにより、大規模な世界金融危機へ突入することになった。

■2006年、トヨタ自動車が米国の月間新車販売台数で第2位に

2006年8月1日、米国内の月間新車販売台数(7月)で、トヨタ自動車がフォードを抜いて史上初めて2位に浮上する。米国市場でのトヨタの堅調な成長を裏付けるものだったが、この流れに関連してか、米国では2009年から2010年にかけて「トヨタ・バッシング」が勃発。運転中の急加速事故について、原因がトヨタ車にあると報道され、トヨタは大規模リコールへ追い込まれた。

なお、米政府機関は最終的に、急発進事故のほとんどは運転手のミスだったと結論づけている。

■2006年、BPがアラスカ油田を操業停止

2006年8月6日、イギリスの石油メジャー、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)は、米国最大の産油量を誇るアラスカ州プルドーベイ油田のパイプラインに腐食が認められるとして操業を停止。

BPといえば、2010年に78万キロリットル(490万バレル)もの大量の原油をメキシコ湾へ流出させ、大規模な環境破壊を引き起こしたことも記憶に新しい。

■2005年、ハリケーン「カトリーナ」がフロリダに上陸し約1,200人の死者を出す

2005年8月26日、ハリケーン「カトリーナ」が米国フロリダ州に上陸。8月29日にはルイジアナ州ニューオーリンズに再上陸し、約1,200人の死者を出した。

ニューオーリンズでは避難できず孤立した市民らによる略奪が発生し、避難先でも感染症、衰弱死、性犯罪などが多発。原油価格は高騰し、7月末には1バレル=約60ドルだった価格が8月30日には一時70ドルを超え、ガソリン小売価格も全米で高騰。一部では、1ガロン=1.6ドル程度だったガソリンに5ドルを超える高値がつくなどした。

この事態に対し、米国エネルギー省は戦略備蓄石油の石油会社への貸し出しを決定。また、国際エネルギー機関(IAE)は、日量200万バレルの緊急石油備蓄放出を決定した。

■1998年、ロシア財政危機により、あやうく世界恐慌
 
1998年8月17日、ロシア政府とロシア中央銀行は対外債務を90日間支払停止(デフォルト)、さらにルーブルの実質切り下げ(対ドルで最大24.7%の下落容認)によりロシア財政危機が勃発した。

それ以前からもロシアの財政はひっ迫していたが、前年7月のアジア通貨危機のあおりを受け状況はさらに悪化。ついにデフォルトに踏み切ったことで、金融不安による株価下落、ロシアからの資本逃避がドミノ倒しのように起きていき、米国債売り・ロシア国債買いという裁定取引が破綻。LTCMなど大手ヘッジファンドが経営危機・倒産へ追い込まれる。

一方、外国為替市場では、LTCMの破綻をきっかけに、グローバル・キャリー・トレード(金利の低い通貨で資金調達をし、金利の高い通貨で運用して利ザヤを得る取引方法)の巻き戻しが起こり、ドル円相場は2日間で14円以上の円高を記録した。

この一連の流れは世界恐慌を引き起こしかねないものだったが、各国が短期金利の急速引下げや中央銀行からの資金貸し出しを行ったことで、なんとか危機は回避される。

なお、危機後のロシア経済は、産業構造そのものは維持されていたこともあり、その後の原油価格の回復などにより急速に回復した。

■1991年8月、世界初のWebサイトが開設される

1991年8月6日、イギリスの計算機科学者ティム・バーナーズ=リーによって世界初のウェブ(World Wide Web)サイトが開設された。

1989年3月、ティム・バーナーズ=リーはロバート・カイリューと共に、欧州原子核研究機構 (CERN)内の文書にアクセスするためのハイパーテキストシステムを提案。これが翌1990年にWorld Wide Webへと発展し、世界初のWebブラウザとWebサーバーを構築する。

さらに、彼は1991年8月6日に、「World Wide Web プロジェクト」にかんする簡単な要約を「alt.hypertext」ニュースグループ(インターネットを介したウェブ以前の情報配信システム)に投稿し、ウェブサイトを外部からのアクセスが可能な状態にする。つまり、これが、世界初のウェブサイト(http://info.cern.ch/hypertext/WWW/TheProject.html)がインターネット上で開設された日ということだ。

あなたにとって過去の8月はどんな月だっただろうか?(ZUU online編集部)

最終更新:8/1(火) 16:40
ZUU online

Yahoo!ニュースからのお知らせ