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紅花に火で江戸商人のド肝抜く 先物取引を好んだ山形商人 鈴木清風(下)

8/18(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 俳聖・松尾芭蕉とも交流のあった山形県尾花沢の豪商、鈴木清風は紅花取引でもうけた金で江戸吉原での豪遊し、「紅花大尽」という異名で知られていました。江戸商人の中には清風に嫉妬する者も現れて、不買運動も起こりました。それをただ黙って引き下がるだけの清風ではありませんでした。さて、どんな手法に出たのでしょうか?

 山形の豪商といえば、のちに相場の神様・本間宗久もに登場します。概して山形商人は先物取引を好んだと言われますが、豊穣の大地の実りがあったからこそ、その感覚にとりわけ強く、商品取引からほかの商売転換させて財を成していけたのかもしれません。

 紅花商人から高利貸しへ。俳聖・松尾芭蕉とも交流のあった鈴木清風最盛期から晩年までの投資家人生を、市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  紅花相場を高騰させた、大胆すぎる清風の手口とは?

 紅花大尽・鈴木清風の羽振りの良さに、江戸の紅花問屋がやきもちを焼き、清風の紅花を取り扱わないことにしようと、「不買同盟」を結んでしまった。これに憤慨した清風は江戸市中にこんな広告を貼り出した。

 「今年の紅花はいずれの問屋でも不要不取引のおもむき、さればとて、せっかくの荷物を山形に持ち帰るのも商人の名折れだから、来たる7月2日の正午に品川の海岸で全部焼却することにしたから、勝手にご検分されたい」

 そして貼り出し通り、清風は紅花の荷物をそっくり焼却してしまった。すると、江戸市中の紅花相場はその日のうちから急騰に次ぐ急騰となる。

  これによく似た話が、幕末の横浜でもあった。価格は需要と供給によって決まるという経済原理に従ったまでのことだ。生糸の原料となる蚕卵紙を外国人バイヤーが結束して不買運動を起こした。この時、「天下の糸平」田中平八や「天下の雨敬」雨宮敬次郎たちは横浜港そばの吉田たんぼ(現在の横浜球場辺り)で蚕卵紙を山積みにして火を放つと、これを見た外国人バイヤーの姿勢が一変する。相場が急騰するのはいうまでもない。

 さて清風、この時、糸平や雨敬らも思い付かぬ奇手を用意していた。紅花相場が急騰したころあいを見計らって、清風が大量の紅花を放出したため、江戸の紅花問屋は二度びっくり。焼却したはずの紅花が姿を現したのである。

 「先に焼却したのは、実は紅花に見せかけた古棉花(一説にはかんなくず)であった。この機略によって数日間で3万両という大金をもうけた。清風が吉原花街でばらまいたのはこの金で、それ以来、『紅花大尽』の異名をとった」(今田信一著『べにばな閑話』) 本文:2,336文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:12/11(月) 11:21
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