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総賃金の縮小の主な原因は高齢化ではなかった

8/2(水) 8:30配信

ZUU online

シンカー:総賃金は、失業率(労働需給)を左右する中小企業貸出態度DIの「見えざる手」と、企業と政府の支出力であるネットの資金需要の「見える手」で、うまく説明できる。総賃金の縮小トレンドは、ながらく少子高齢化を含む人口動態が原因と考えられてきたが、その影響は実際には大きくなく、ネットの資金需要を膨らますリフレ政策により十分にオフセットできることが分かった。2000年代に失業率が大きく低下しても総賃金が縮小トレンドから脱却できなかったのは、ネットの資金需要が消滅していたからであると考えられる。失業率の低下とともにネットの資金需要が復活したアベノミクス前後から、総賃金が拡大トレンドに転じたことも説明できる。そして、失業率が人手不足が深刻になるほど更に低下したにもかかわらず、まだ総賃金の拡大トレンドが1%台と弱いのは、2014年度の消費税率引き上げを含む財政緊縮と、グローバルな景気・マーケットの不安定化により企業の支出する力が一時的に弱くなり、ネットの資金需要がまた消滅してしまっていることが原因と考えられる。既に、グローバルな循環的な景気回復の動きもあり企業活動は回復を始め、政府は緊縮から景気重視型の財政運営に転じている。今後は、失業率が3.0%程度から2.5%程度まで更に低下する中で、ネットの資金需要が復活し、企業と政府の支出する力が強くなり、家計に所得が回るメカニズムが修復し、総賃金の拡大トレンドが1%台から2%台に強くなり、家計が景気回復をより実感しやすくなっていくだろう。

黒田日銀総裁は、2014年8月23日のカンザスシティ連邦準備銀行主催シンポジウムにおける「デフレーション、労働市場、量的・質的金融緩和」という講演で、賃金上昇には「見える手」が必要であるという興味深い指摘をしている。

「厄介な問題は、デフレが長引く下で賃金決定の慣行が変質したことです。もともと終身雇用の割合が高く、労働移動が少ない日本では、労働需給がすぐには正規の労働者の賃金に反映されにくい傾向があります。

こうしたもとで賃金を引き上げるには、何らかの仕組み、つまり「見える手」のサポートが必要です。

今後とも賃金が適正なペースで上昇していくためには、賃金を引き上げるための協調メカニズムを構築することが必要です。」

日本経済は生産・在庫サイクルより信用サイクルの影響を強く受けている。

日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIは、信用サイクルとして、雇用の拡大を牽引するサービス業の動向を表し、失業率に明確に先行することで知られている。

企業活動の拡大を十分に促進するほどにDIは大幅に上昇し、失業率も3%程度まで低下し、労働需給はかなり引き締まり、人手不足も深刻になってきている。

労働需給が引き締まれば賃金上昇が起きるのは、経済メカニズムの中での、労働市場の「見えざる手」の効果である。

しかし、単純に労働需給が引き締まっても賃金上昇が鈍く、「見えざる手」の効果が十分に感じられていないのも事実だ。

2%の安定的な物価上昇が実現するほどの賃金上昇が起こるためには、失業率の水準が更に低下し「見えざる手」がしっかり効果を発揮するとともに、何らかの「見える手」のサポートも強くならなければならない。

「見える手」の一つは、政府の企業への賃上げ要請や最低賃金の引き上げなどの政策の効果であろう。

より重要な経済メカニズムの中での「見える手」は、企業と政府の支出する力が強くなることだ。

マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。

1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)で政府の支出も弱く、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失していた。

結果として、総賃金(名目雇用者報酬、労働者の賃金の合計)は、失業率(労働需給)を左右する中小企業貸出態度DIの「見えざる手」と、企業と政府の支出力であるネットの資金需要の「見える手」で、うまく説明できる(1996年からのデータ)。

平均賃金(総賃金を雇用者で割ったもの)は、景気回復によりパートタイマーが増加した場合、正社員の賃金に変化がなくてもテクニカルに下落してしまうため、マクロ経済の分析としては総賃金を使うのが正しい。

総賃金(前年同期比%、4QMA)=-0.35+0.19中小企業貸出態度DI(2四半期先行)-0.25ネットの資金需要(トータルレバレッジ、GDP%)-0.43総賃金の4四半期ラグ、R2= 0.80

総賃金の縮小トレンドは、ながらく少子高齢化を含む人口動態が原因と考えられてきたが、その影響は定数(構造)の年率-0.35%程度と考えられ(景気動向を示す説明変数を中立的な0にした時に残るもの)、実際には大きくなく、ネットの資金需要を膨らますリフレ政策により十分にオフセットできることが分かった。

2000年代に失業率が大きく低下しても総賃金が縮小トレンドから脱却できなかったのは、ネットの資金需要が消滅していたからであると考えられる。

失業率の低下とともにネットの資金需要が復活したアベノミクス前後から、総賃金が拡大トレンドに転じたことも説明できる。

そして、失業率が人手不足が深刻になるほど更に低下したにもかかわらず、まだ総賃金の拡大トレンドが1%台と弱いのは、2014年度の消費税率引き上げを含む財政緊縮と、グローバルな景気・マーケットの不安定化により企業の支出する力が一時的に弱くなり、ネットの資金需要がまた消滅してしまっていることが原因と考えられる。

既に、グローバルな循環的な景気回復の動きもあり企業活動は回復を始め、政府は緊縮から景気重視型の財政運営に転じている。

今後は、失業率が3.0%程度から2.5%程度まで更に低下する中で、ネットの資金需要が復活し、企業と政府の支出する力が強くなり、家計に所得が回るメカニズムが修復し、総賃金の拡大トレンドが1%台から2%台に強くなり、家計が景気回復をより実感しやすくなっていくだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

最終更新:8/2(水) 8:30
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