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【尊厳ある介護(1)】ビニールエプロンが傷つけたわけ

8/2(水) 12:40配信

ニュースソクラ

認知症の人のプライドを軽んじてはいけない

 上谷一義(仮名、75)さんは、秘書がつくような組織の幹部をされていました。数年前に奥様を亡くされ、会社をたたみ、悠々自適の日々を送るはずでした。

 民生委員から、上谷さんが、自宅でズボンの上に下着をはいたりして様子がおかしいと、息子さんに連絡があり、上谷さんと息子さんは施設の見学をされて、気にいられたので、入居されました。

 入居の初日、上谷さんは、箸を上手く使えず、ごはんやおかずをぼろぼろと上着やテーブルにこぼされました。それを見たスタッフは、食事がこぼれて、見るからに高級な上着を汚したり、汁物がかかって火傷などしてはいけないと、食事の介助用のビニールエプロンを上谷さんの首からかけたのです。

 他の入居者も食事をこぼす人は、エプロンをされています。ところが、エプロンをかけた途端、上谷さんは、みるみる顔色を変えて「こんなもの、何で着けなくてはいけないのか」と大声で怒鳴られました。スタッフは、あわててエプロンを外しましたが、上谷さんの怒りはおさまらず、その日は、食事をほとんど取られませんでした。

 次の日、失禁されているので、スタッフが下着の更衣を手伝おうとしましたが、「自分でできる。手伝ってもらう必要はない」と、取り付く島もありません。

 それからというもの上谷さんは、自分の部屋に閉じこもるようになりました。

 スタッフは、カンファレンスを開き、上谷さんの今までの生活歴、価値観、趣味嗜好、できることできないことを話し合いました。自分で箸が使いにくくなった認知症利用者に対して、安全性と衛生面からエプロンやスプーンを使うことは、当たり前とスタッフは考えていたのです。それが今まで一人で自立して生きてきた上谷さんのプライドを傷つけたことに気づくのに少し時間がかかりました。

 カンファレンス後、なるべく上谷さんの気持ちを優先して、こちらの価値観を押し付けないようなケアをすることにしました。まずは、何でも上谷さんの思いや考えを聞くこと、聞いたところで答えることができない等決めつけないことです。

 入居の当日、「洋服が汚れたり、汁がかかるとやけどをするので、エプロンをしますか」とお声をかけて、選択していただければ、上谷さんのプライドをここまで傷つけることはなかったと考えました。

 さらに、食べやすいからとスプーンを押し付けず、お箸とどちらがいいですかと聞きます。毎日の洋服も選んでもらいました。

 そのような関わり方を続けていたある日、市役所の担当者が実地指導(検査)に来られました。職員が緊張しているのをみていたのでしょうか。市の担当者が検査が終わってエレベーターに乗られた時、上谷さんがエレベーターの前に立ち「本日は、ご苦労さまでした。これからもお願いします」と頭を深々下げて、お見送りをしてくださいました。施設長になったようなお気持ちだったように見えました。

 そのお姿は威厳に満ちていて、それからお客様が来たときの挨拶は、上谷さんの役割となりました。上谷さんの笑顔が見られるようになったのもその頃からです。介護が必要になったとしても、人は、誰かの役に立ちたい思うもの。その思いが、認知症の人にとってもプライドを維持するためには必要であると実感しました。
 
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 私たちは介護の質をとても大切にしています。単に、高齢の利用者にサービスを提供するだけではなく、利用者の生活の質をいかに向上させられるかという視点を重要視しているのです。そのためには、多くの技術を必要とします。それらの技術は、外からみていても、なかなか理解できないと思います。介護の質を追求することは、高齢者、保護者、介護者など全ての関係者が心地よく過ごすことに繋がり、トラブルを減らすことにもなっていくのです。しかし、理想通りのケアができていない現状もあります。

 特に、認知症ケアに関しては、正解がなく試行錯誤を繰り返しています。

 今回から介護現場での事例を、ご紹介することで、介護の質を高めるために、介護する側がどの様に高齢者の方々に接し、問題の根源を突き止めようとしているか、お伝えしたいと思います。結果的に、介護するものにとって、高齢者のご人格を理解することの重要性に通じます。そして、一般にコミュニケーションが難しいとされがちな認知症の方々とも、人間的な交流を続けられることがお分かり頂けるように考えています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。

最終更新:8/2(水) 12:40
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