ここから本文です

米ロが制裁合戦 お先真っ暗

8/3(木) 19:02配信

ニュースソクラ

米欧摩擦に波及する可能性も

 米ロ首脳は7月7日のハンブルグでの初会談で相性の良さを確認できたものの、両国の関係は一段と深い闇に入り込んでしまったようだ。

 米議会がロシアに対する新制裁法案を可決すると、ロシア政府は直ちに在ロシア公館の米国人職員の削減などの報復措置を発表した。ドナルド・トランプ大統領は法案に署名する方針だし、ロシアは状況によっては今後、あらゆる報復措置を追加する用意があると言う。米国の新たな対ロ制裁は欧州諸国の反発を招くという副作用も引き起こし、米ロ欧の関係は一波乱も二波乱もありそうだ。

 米議会は27日、ロシアとイラン、北朝鮮を対象とした制裁強化法案を可決、ドナルド・トランプ大統領に送った。ロシアについては、2014年のクリミア併合から昨年の米大統領選に対するいわゆる「介入」に至る行動を許すことはできないと言う。

 既に米国は、ロシアの個人に対する入国禁止、資産凍結、米国におけるロシア企業の活動規制などを実施してきたが、今回の法案の大きな特徴は、トランプ大統領が制裁を緩和する場合、事前に議会に報告し、議会の承認を得なければならないとの条項を付けていること。議会が大統領に勝手をさせないという縛りを設けることは異例だ。これにより、対ロ制裁緩和や撤廃はほぼ不可能になった。

 ロシア外務省は早速翌28日、限定的ながら報復措置を発表した。在ロシアの米大使館、米総領事館の外交官と技術要員を9月1日までに在米のロシアの外交官・技術要員と同じ455人にまで削減させる。さらに8月1日からモスクワ市内で米大使館が利用する倉庫、モスクワ郊外の「銀の森」にある別荘の使用を禁止した。

 ウラジーミル・プーチン大統領は30日、755人が国外退去すると述べた。

 昨年末、当時のバラク・オバマ政権は在米のロシアの外交官35人に72時間以内の国外退去を命じたほか、ロシア関連施設2カ所を閉鎖した。ロシアは驚いたことに、この時は特に報復措置を取らなかった。政権交代が間近だったことなどに配慮したと思われるが、ロシアにしてみれば、さすがに今回は堪忍袋の緒が切れたというところだろう。

 プーチン大統領は30日、「我々は何か良い方向への変化があるのではないかと長い間待っていたが、状況が近い将来に変わることはなさそうだ・・・もはや黙っているわけにはいかない」と今回の決定を説明した。

 ロシア国内では議員も米ロ関係の専門家や報道機関もこぞって米国批判でほぼ一致している。「米国は今後長期間、ロシアの敵のままであることがはっきりした」(ドミトリー・スースロフ氏、国際問題専門家)といった具合だ。

 トランプ大統領は新制裁法案に署名するのか拒否権を発動するのか選択を迫られているが、署名するとみられる。仮に拒否権を発動しても議会で再可決されることがほぼ100%確実だからだ。ムダに抵抗すれば、共和党議員からもさらに反発を買う。

 実際に法案が施行されれば、ロシアは対抗措置を広げるかもしれない。セルゲイ・リャボフ外務次官は、どのような追加措置もあり得ると明言、専門家などの間では、ロシア政府が保有する米国債の売却、米国に対する宇宙分野の協力の見直しなどの案も出ている。

 そうなると、米ロ関係は直接の軍事衝突を避けられれば、望みうる最高の状態という水準にまで落ちるかもしれない。テロリズム対策、核軍縮、北朝鮮、ウクライナ、シリア問題などでの米ロ協力はさらに難しくなるだろう。また、ロシアの中国接近に拍車がかかる。

 ただ、ロシアには制裁強化を主導しているのは米議会であって、トランプ政権ではないという受け止め方も可能かもしれない。米国といっても2種類存在すると思えば、できるだけトランプ政権とは是々非々で付き合うといった対応も可能性は低いがありうるだろう。

 米議会のロシアに対する怒りの決定的な理由は、ロシア当局が昨年の米大統領選の際、サイバー攻撃などを通じトランプ候補が有利になるよう工作したとされていることにある。現在、ロバート・ムラー特別検察官が調査しているが、仮に、疑われているようなロシアとトランプ陣営との共謀はなかったとか、さらにはロシアによるサイバー攻撃を示す証拠が十分でないという結論が出れば、事態は少し変わるのかもしれない。

 米国による新たな対ロ制裁は米欧関係に亀裂を入れるかもしれない。新法案ではロシアのエネルギー企業に協力する外国企業に罰金など制裁を科すという域外適用も可能だからだ。

 ここで問題となるのは、ヴィンターシャル、E.ONルールガス、ロイヤル・ダッチ・シェルといった欧州企業が制裁対象企業のガスプロムが主導して進める「ノルドストリーム2」というガスパイプライン建設事業に参加していること。これら企業が米国から制裁金を科される恐れがある。

 これは欧州のエネルギー安全保障に大きく関わる問題だ。

 このためドイツ政府も欧州委員会も懸念を表明している。米政府による域外適用に対しては世界貿易機関(WTO)のルールに則り対抗措置を取るべきだとの声が欧州委員会にはある。そうなれば、米欧貿易摩擦が発生する。

 米欧は2014年、ロシアがクリミアを併合した際には協調して対ロ制裁を科した。だが、今回、欧州側には米国が一方的に欧州と相談することなく法案を成立させたことに強い不満が渦巻いている。

 EU(欧州連合)諸国が輸入するガスの3分の1はロシアのガスだ。EU内にはロシアへの依存度を下げ、調達先を多角化すべきだとの総意はあるが、現実には最も安く調達できるのはロシアのガス。ドイツなどには米国はノルドストリーム2計画をつぶすことで、米国のシェールガスをLNGにして欧州に買わせようとしているのではないかとの見方もある。米国のLNGの価格は高い。それでは欧州の産業競争力が落ちるという。

 米国の新制裁法が施行されたとしても、自動的に欧州企業に制裁が域外適用されるわけではない。そこはトランプ大統領の裁量の余地があるのだが、米議会は米欧関係までもぎくしゃくさせる要因を作ってしまったのかもしれない。

■小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。
現在、国際教養大学客員教授。

最終更新:8/3(木) 19:02
ニュースソクラ