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【ライターコラムfrom清水】25周年を迎えた市民クラブ・清水エスパルス。レジェンドが語る次の四半世紀のビジョンとは?

8/3(木) 14:52配信

SOCCER KING

 少し前の話になってしまうが、1992年7月4日をクラブの誕生日と定めている清水エスパルスは、先日25回目の誕生日を迎えた。その4日後の7月8日には「クラブ創設25周年記念マッチ」としてホームのアイスタでガンバ大阪と戦い、2-0で快勝してアニバーサリーに花を添えた。

 誕生日の起源とされているのは、92年7月4日に清水が初めてプロクラブとして有料の対外試合を行なったこと。その相手がG大阪(@長居競技場)で、今回も同じ2-0で勝利したこと(J1では8年ぶりの勝利)を思うと、何か運命的なものを感じざるをえない。

 と同時に、オリジナル10の中では唯一、母体も何もないところから誕生した市民クラブが、今も多くのファン、サポーター、企業、関係者らに支えられて力強く歴史を刻み続けていることに関しても、このクラブを愛する者の1人として大きな喜びを感じる。この四半世紀の中には、経営危機やJ2降格といったさまざまな障害もあったが、それを乗り越える原動力となったのは、つねに地元・清水や静岡という街の力だった。

 チーム創設時には選手が1人もいなかったところに、清水三羽ガラス(長谷川健太、大榎克己、堀池巧)をはじめとする地元出身の有力選手が一気に集まり、最初の公式大会である92年のナビスコカップで準優勝したことも、他の街ではありえないことだった。

 清水エスパルスの25年間は、日本のサッカー史の中でも本当に誇るべきもののひとつだが、この年月の中でエスパルスを取り巻く環境が大きく変化してきたことも、また事実だ。

 もっとも大きく変わったのは、Jリーグの影響もあって全国的にサッカー人気が浸透し、育成年代のレベルが均質化してきたことだ。Jリーグ創設以前は、サッカーの浸透度でも育成環境でも指導者の充実度でも、清水・静岡という地域は圧倒的なアドバンテージを持っていたが、今はそれもかなり小さくなっている。

 高校サッカーでも、静岡県のチームがなかなか全国大会で勝てなくなっている。子どもの人口という面では大都市圏とは大きな差があるので、以前と同レベルの優位性を取り戻すのは難しいだろう。ただ、大資本や大都市に支えられたビッグクラブではないだけに「育成型クラブとしての道を歩んでいくべき」という考えは、現在のフロント陣に聞いても、歴代のOBたちに聞いてもほぼ一致している。

 老若男女あらゆる世代におけるサッカー文化の定着度という意味では、まだまだ全国的にも抜きん出たものがある地域だ。若年層や高校サッカーも含めて再び「サッカー王国・静岡」と呼ばれるようになることが、地元の人々がもっとも望んでいることでもある。

 ならば、その育成面でどれだけ他地域との差を生み出していくのか。それが次の四半世紀に向けて、大きな視点での課題になってくるだろう。

 その点について、清水のレジェンドの1人として苦しい時期の監督も務めた大榎克己氏に話を聞いた。もちろん彼の大前提も「育成型クラブ」にある。

「やはり新しいことをやっていかなければいけないと思います。他と一緒のことをやっていたらいけないし、アイデアを出し合って、この地域だからこそできることにチャレンジしていかなければいけない。それはエスパルスという枠だけでなく、地域の指導者の方たちと交流を持ちながら、同じ方向を向いて地域の子どもたちを一緒に育てていく環境を作らなければいけないと感じています。静岡・清水の高校が強くなれば、それは地域全体を盛り上げることにつながりますし、当然エスパルスの強化にもつながりますから」(大榎)

 その「新しいこと」とはどんなものなのか。大榎氏自身にもさまざまなアイデアがあるようだが、その中でもとくに大切にしたいことがあると言う。

「清水のサッカーのスタイルはこうなんだというものを、育成年代からしっかり作ることも大事だと思います。他の地域の子どもたちでも『こんなサッカーをしたいな』、『僕も清水でやりたい』と思うようなサッカーを示すこと。そうすれば、自ずと県外からもタレントを集めやすくなります。だから、育成のフィロソフィーというものをきちっと作って、それをサッカーの質で示すこと、清水でサッカーがしたいなと思うような魅力を育てていくことも、すごく大事だと思っています。それがエスパルスの育成部だけでなく、地域全体でやれたら理想ですね」

 たとえばバルセロナは、トップチームの監督が変わっても、チームのスタイルが大きく変わることはない。それは、育成年代からしっかりと自分たちのサッカーを植え付け、それに合った選手がトップチームにも揃っているからだ。大榎氏の理想も、まさにそこにある。

 現時点ではまだ形として動き出しているものはないが、彼は現在は「経営戦略室 リージョンスポーツオフィサー」という立場でクラブと地域との橋渡し役を務めている。エスパルスの育成組織出身で初めて日本代表に選ばれた市川大祐氏も、今年から普及部のスタッフとして子どもたちの指導にあたっている。自分の子どもが、ワールドカップ日韓大会で活躍した地元の英雄に直接指導を受けられると考えると、非常に贅沢なことだ。

 チーム創設時や黄金時代を支えたレジェンドたちが、今は育成という面で力を発揮しようとしている。その他にも「サッカー王国復活」という願いに向けて、積極的に協力する姿勢を示すOBたちは非常に多い。地元の経験豊富な指導者たちと話し合いを重ねながらビジョンを擦り合わせ、同じ方向を目指していくという難しい作業も、彼らであればうまくまとめていけるかもしれない。

 少なくとも人材という意味では、清水・静岡という地域にはまだまだ大きなアドバンテージがある。それを生かして、新たなアドバンテージを作り上げていくことはできるのか。次の四半世紀に向けて、新たな挑戦が始まりつつある。

文=前島芳雄

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最終更新:8/3(木) 14:52
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