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釧路の野球ファンを沸かせた往年の別当、飯島

8/5(土) 16:45配信

東スポWeb

【越智正典「ネット裏」】先週、7月25日に北海道釧路で日本ハム対ロッテ13回戦があった(ロッテ4―0)。私は、ずうーっと昔、1951年に“霧の都”釧路の放送局に勤めていた。当時の釧路の球場は駅前大通りから幣舞橋を渡り“出世坂”を上った丘の上にあった。

 センターのうしろは海。高校野球が始まると、ラジオの実況中継放送はこう言っていた。

「打ち上げました。打球はライトへ―。あっ、海霧です。見えません。しばらくお待ちください…。赤いランプが点きました。ライトが捕った模様です。アウトです。一死です」。ファンは外野線審を霧のなかで判定する“霧審判”と呼んで、心から敬意を表していた。霧審判は町でいちばんモテた。

 この“さいはての町”は野球が盛んで、軟式野球連盟の登録選手は7000人。私は釧路市の斎藤体育課長と連盟の「東光倶楽部」の世話役に頼んでアンケートをしてもらって、プロ野球の人気選手を調べてもらった。「もうすぐ集計が終わりますよ」。斎藤がニコニコしながら知らせてくれたとき、私は赤バットの川上哲治、青バットの大下弘、タイガースの猛人藤村富美男、和製ディマジオ小鶴誠…らが上位に来るだろうと思っていた。

 が、結果は毎日オリオンズの別当薫、大映スターズの飯島滋弥が断然上位で、他のスター選手を引き離していた。私は東光倶楽部の役員に付き添いを頼み、回答してくれた人々を訪ねた。

 私はこのとき、その後野球を見に行く上で、忘れられない教訓を学んだのである。

 前の年の50年7月30日、地元の釧路新聞社の主催で毎日対大映16回戦(9―9)が開催されていたのだが、人々は1年後にも言うのであった。「別当選手と飯島選手がこんなに遠いところまで、わざわざ来てくれてホームランを打ってくれたんですよ」。私はこのとき、お客さんはその日にしかプロ野球を見に来られないのだと、つくづく思い知らされた。この毎日対大映の場合は、釧路で北海道巡業を終え、函館に出て、青函連絡船で青森に渡り、青森県弘前に転戦しているが、東京、大阪など3連戦日程試合でも、お客さんは明日は見に来られないのである。だから、選手は純な思いの、力いっぱいのプレーをお客さんに提供しなければいけないのだ。

 話が飛ぶが、大阪万博が開かれた70年のオールスターゲーム第2戦を大阪球場に万博のコンパニオンが見に来たとき、彼女たちは揃って心打たれた選手に大洋の中塚政幸を挙げた。「ユニホームをいちばんドロだらけにしてプレーをしています」。彼女たちは初めてプロ野球を見たのかもしれなかったが、見事な指摘であり“評論”だとも言えた。

 そういえば、いま、ちょうど夏休みさなかである。両親に連れられてプロ野球を見に来る少年少女は年に一回の観戦であろう。選手は敢闘を贈らなければいけない。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

最終更新:8/5(土) 16:45
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