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没後20年。ダイアナ元妃が最後に愛したドディ・アルファイドの正体とは?

8/5(土) 21:00配信

ELLE ONLINE

ダイアナ元妃の没20年にあたる今年。アメリカのテレビ局「ABC」が放送した『The Last 100 Days of Diana(ダイアナ 最後の100日間)』に続き、イギリスのテレビ局「ITV」が制作した『Diana, Our Mother: Her Life and Legacy』など、追悼番組が続々と決定した。その中で必ず名前が挙がるのが、彼女と共にパリの自動車事故で亡くなった最後の恋人、ドディ・アルファイド。まだ交際して間もない2人だったけれど、「ドディはダイアナ元妃にプロポーズする予定だったのでは」など、当時さまざまな憶測が飛び交った。ダイアナ元妃のハートを射止めたドディとは、一体どんな人物だったのか、彼の素顔に迫る。

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父はハロッズの元経営者モハメド・アルファイド

1955年にエジプト・アレクサンドリアで生まれたドディは五人兄弟の長男。スイスの名門校ル・ロゼやウィリアム王子とハリー王子も通ったイギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業している。

父はイギリスの老舗百貨店ハロッズの元経営者モハメド・アルファイドで、サッカーチーム・フラムFCとダイアナ元妃とドディが最後に宿泊したホテル・リッツ・パリの元オーナー。モハメドの最初の妻でドディの母サミラ・カジョギは、サウジアラビア国王アブドゥルアズィーズ1世の担当医を務めた父親と悪名高い武器商人アドナン・カショギを兄にもつ。

有名になることを夢見た裕福なプレイボーイ

『インディペンデント』紙によると、ドディは子供の頃、パリの実家やフランス・リビエラ、エジプトの首都カイロ、祖父母の住むエジプト・アレクサンドリアを行き来しながら生活。15歳の時にロンドンに移住し「スポーツカーと美しい女性に目がないハンサムな男性」としてロンドンのパーティーシーンで一躍有名になったのだそう。恋多き男ドディは、ジュリア・ロバーツ、ブルック・シールズ、ウィノナ・ライダー、ナンシー・シナトラといった名だたるスターたちと恋の噂に。1986年にモデルのスーザン・グレガードと結婚するも、わずか8カ月で離婚を決意した。

ロンドンのアラブ首長国連邦空軍基地で下級士官として働いた後、ドティは映画業界に飛び込み、第54回アカデミー賞で作品賞を受賞した映画『炎のランナー(1981年)』とデミ・ムーア主演の映画『スカーレット・レター(1995年)』の製作総指揮を担当。2009年に『ザ・ガーディアン』紙が掲載した記事によると、「有名になることを夢見る裕福なプレイボーイ」のドディは、友人にも「『ピープル』誌の表紙に載るくらい、一気に僕のことを有名にしてくれる女性はいないかな」と本音を漏らしていたという。そしてその願いは1997年、ダイアナ元妃によって叶うのだった。

プレイボーイとして知られる一方で、静かで繊細な面も持っていたと『ヴァニティ・フェア』誌のライター、ドミニク・ダンは「周りがなんて言おうと、彼はとてもいい人だった。穏やかで優しい印象があったよ」と語っている。

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最終更新:8/5(土) 21:00
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