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原爆と沖縄戦、正しく伝えたい 広島のガイド・村上さん、語り継ぐ決意 あす原爆投下から72年

8/5(土) 19:50配信

沖縄タイムス

 【広島市で比嘉桃乃】「平和記念公園は大きなお墓なんよ」。穏やかな口調で、原爆ドームを訪れた子どもたちに語り掛けるのは村上正晃さん(24)。胎内で被爆した三登浩成さん(71)を中心としたボランティアガイドグループの一員として原爆被害の実相を伝える。地上戦で多くの人々が犠牲になった沖縄にも思いを重ね「歴史を正しく伝えないと、悲劇が繰り返される」。6日で原爆投下から72年。被爆者が減る中、戦争の悲惨さを伝えるため、原爆ドーム前に立ち続ける。

 広島県瀬戸田町(現尾道市)出身。大学4年生だった3年前、語学力を身に付けたいと考え「平和記念公園には外国人がたくさんいるから」とガイドを始めた。最初は道案内をこなしていたが、観光客に原爆のことを聞かれ、何も知らない自分に気付いた。その後、原爆に関する資料を読み、被爆者から直接話を聞くうち、語り部が減る現状を目の当たりにした。卒業後も就職せず、ガイドを続けることを決意した。

 ガイドとして戦争を学ぶうち「沖縄戦を知りたい。知らなければならない」と思った。昨年の「慰霊の日」に来県。平和学習プログラムを開発した沖縄の企業「がちゆん」のメンバーとともに、糸満市の平和祈念公園などを訪ねた。沖縄戦は「極限状態」が長期間続いたことを実感。村上さんは「住民の恐怖は想像を絶するものだったと思う」。原爆とは異なる戦争の悲惨さを学び、各地で語り継ぐことの意味をかみしめた。

 ただ、ガイドはボランティア。村上さんはアルバイトで生計を立てる。午前10時半から午後4時までガイドをした後、午後5時から居酒屋で働き、帰りは午前2時を越えることもある。

 村上さんは「時間や金銭面を考えると、ボランティアでガイドを続けることは難しい」と話し、「若い世代が続けられるような仕組みがあれば、もっと広島の発信力が高まる」と真っ黒に日焼けした顔で語った。

最終更新:8/5(土) 19:50
沖縄タイムス