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日本航空石川の山上と安保、元阪神・安達さんに全力プレーを届ける

8/6(日) 9:03配信

スポーツ報知

 第99回全国高校野球選手権(7日開幕・甲子園)の石川代表・日本航空石川は5日、京都府内で約2時間の打撃練習を行った。山上祐大捕手、安保治哉右翼手(ともに3年)は中学時代、昨年41歳で急逝した元阪神投手の安達智次郎さんが監督を務めた硬式チーム「神戸美蹴館ロケッツ」でプレー。甲子園で、天国の恩師に全力プレーを届けることを誓った。

 天国の安達さんの教えを胸に、甲子園の舞台に立つ。山上は「安達監督はプロ野球のことは細かいことまで教えてくれたが、甲子園のことだけは『自分で行って、自分で確かめてこい』と言われていた。安達監督がいなければ今の自分はない。本当に感謝している」と思い出をかみしめた。

 安達さんは兵庫・村野工で最速148キロの直球を武器に91年夏、92年春の甲子園に出場。卒業後はドラフト1位で阪神に入団したが、「俺はプロ野球選手なったことより甲子園に行ったことの方が誇りに思う。高校の3年間しかチャンスがないんだから」と甲子園での経験を何よりも大事にしていたという。

 安達さんは2016年1月7日、肝不全のため41歳の若さで亡くなった。高校1年だった山上と安保にとって、「信じられなかった」訃報だった。2人は急きょ神戸に帰り、通夜・告別式に参列した。山上は「顔を見たら今にも笑って起き上がってきそうだった。しばらくは(死を)受け止められなかった」と述懐した。中学時代に安達さんからもらったジャージーを、今でも大切にしている。

 捕手の山上は「技術だけではなく、投手心理や配球のことも教えてもらった」。安保は「自分が弱気だった時に、強い心を持つことを教わった」と語った。「安達監督に甲子園でプレーしている姿を見せたかった」という2人。甲子園の夏空の上から見守る恩師に、成長した姿と全力プレーを贈る。(勝田 成紀)

 ◆安達 智次郎 1974年8月21日、神戸市生まれ。兵庫・村野工では快速左腕として注目され、91年夏、92年春と2季連続甲子園に出場(いずれも初戦敗退)。92年のドラフトでは4球団が競合した星稜・松井秀喜を巨人が抽選で引き当て、外れ1位として阪神に入団した。97年年オフに外野手に転向したが、翌98年オフに投手に再転向。しかし1軍での出場はなく、99年に現役引退。2000年から3年間、阪神で打撃投手を務めた。その後は神戸市内で焼酎バーを経営する一方、06年から「神戸美蹴館ロケッツ」の監督を務めた。享年41歳。

最終更新:8/6(日) 9:11
スポーツ報知

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