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【Face ちば人物記】八千代少年少女合唱団指揮者・長岡利香子さん

8/6(日) 7:55配信

産経新聞

 ■心の歌声が世界をつなぐ

 八千代市を拠点として多彩な国際交流活動を展開する八千代少年少女合唱団を指揮する。

 昭和49年、同市立大和田小学校に新人教員として赴任した。着任早々、校長から「合唱部の指導を引き継いでほしい」と要請された。先輩教員が退任し、その後任に抜擢(ばってき)されたのだ。

 「私はピアノ専攻でした。合唱とは縁がなく、指揮の仕方もわからない。泣きたい気分でした」

 しかし、たじろぎ、立ち止まる時間はなかった。新人教師はさっそく行動開始。週末、東京都内に通って個人レッスンを受け、初歩から学んだ。熱意は実を結ぶ。合唱の指導は軌道に乗ったが、結婚を機に退職し、学校を離れた。

 やがて市民たちが合唱団を創ろうと動き出した。指揮者として迎えられ、52年、八千代少年少女合唱団が発足した。合唱団はぐんぐん実力を高めていく。外国との交流協会などから注目され、公演依頼が舞い込むようになった。来日したチェコスロバキアの少年少女合唱団やオーストリアの少年合唱団と共演。さらに中国に渡って歌声を響かせた。

 「北京の会場は3千人収容の大ホールでした。観客が熱狂的なんです。立ち上がってものすごい拍手と歓声。子供たちは感激して泣いていました」

 転機が訪れる。夫(教員)がマレーシアの日本人学校に赴任することが決まり、同行することになった。さて、残される合唱団をどうするか。卒団していた3人の女子大学生が率先して申し出た。「先生の留守中、自分たちが合唱団を守ります」。彼女らと保護者に託して家族とともに旅立った。

 3年後、任期を終えて帰国した。成田空港には多くの合唱団員が迎えに来ていた。再会を喜び合い、第一線の指揮者として復帰した。

 機は熟す。団員の間から「国際コンクールに出場したい」という機運が高まり、熱意に背中を押され決断した。平成12年夏、ハンガリーで開催されるカンテムス国際合唱コンクールに挑戦することにした。課題曲は「天使と羊飼い」。歌詞は現地語だ。団員はハンガリーに留学経験のある男性ピアニストから言語を学んだ。自由曲は「奄美の子守唄」を選んだ。準備は整った。合唱団はハンガリーに飛び立った。

 さあ、コンクール開始。世界各地の一流合唱団が歌声を競い合う。八千代の少年少女は心を込めて歌った。運命の審査結果発表。見事、金賞に輝いた。世界一の快挙だ。審査委員長は「力強さとベルベットのような柔らかさを併せ持った日本の天使たち」と高く評価した。「世界の頂点に登った。みんなで抱き合って泣きました。あの感激は一生忘れません」

 合唱団は社会貢献を重視している。東日本大震災では募金活動を行い、被災地に支援金を届けた。復興支援コンサートに出演。宮城県の高校生らと交流した。

 合唱団の悩みは専用練習場がないことだ。公民館などを転々として練習しているが、それでもめげない。明るく合唱団を率い、歌声を届ける。

 「合唱は心で決まる。どういう思いで歌うか。心がなければ何も伝わらない。心を込めた歌声が鎖のように世界をつないでくれるんです」(塩塚保)

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【プロフィル】長岡利香子

 ながおか・りかこ 昭和28年、北海道函館市出身。八千代市立大和田小学校教員を経て八千代少年少女合唱団指揮者。宝塚歌劇団の大ファン。長編小説「風と共に去りぬ」に感動。好きな作曲家はモーツァルト。好物はステーキ。信条は「心のない音楽は無に等しい」。

最終更新:8/6(日) 7:55
産経新聞