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“日の丸ラストラン”語録で振り返る川内劇場 突然の丸刈りに、陸連批判も

8/6(日) 15:37配信

デイリースポーツ

 「陸上・世界選手権」(6日、ロンドン競技場)

 マラソンは史上初の男女同日開催で行われる。近年、日本のマラソン界に一石を投じ続けてきた“最強市民ランナー”川内優輝(30)=埼玉県庁=にとって、これが日本代表として臨む最後のマラソン。70回に及ぶマラソン経験を武器に、男子では12年ぶりのメダルに挑む公務員ランナーの過去の語録からその異端児ぶりを振り返る。

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 -2011年東京マラソンで一般参加ランナーながら、実業団選手を押しのけ日本人トップの3位。世界選手権代表入りを確実に-。

 「市民ランナーでもやれるということを示せた。今まで6回マラソンを走って、5回医務室に運ばれている。このレースで死んでもいいと思って走ってる」

 -当時は定時制高校の事務員として働いており、

 「生徒からは『事務』と呼ばれてます」

 -フルタイムで働きながら、陸上を続けるスタイルに、

 「もともと高校でも練習についていけてなかった。日本のシステムでは落ちこぼれ。だったら自分の好きなようにやる方が合っている」

 -同年大邱世界選手権で18位でゴール後、医務室に運ばれるも、団体銀メダルに貢献。

 「僕みたいにスピードがなくたって日本人の粘りがあれば、マラソンはやれるんだと証明できた」

 -12月の福岡国際マラソンで“山の神”今井正人との競り合いを制し、日本人トップの3位に入り、ロンドン五輪代表争いに名乗り。

 「前の選手を追っている間に、頭の中に日の丸が浮かんだ。ただ、今回僕が2時間9分で日本人トップなのは寂しい。五輪で戦えない選手は行かなくていい」

 -12年2月の東京マラソンで14位に終わり、ロンドン五輪代表入りが絶望的に-。

 「自分の五輪挑戦は終わった。選ばれるとは思ってないです」

 -東京マラソンから一夜明けた会見に、突然丸刈り姿で登場。

 「期待に応えられなかったし、誠意を示すためにやった。さらし者になった方がいい」

 -12年12月福岡国際で6位に終わり完敗。

 「かつてのような『もっと先へ』という気持ちがなくなってるんじゃないか。一人の練習で以前ほど質の高い練習ができていない」

 -13年1月、陸上部が新設されたDeNAの瀬古利彦監督から面会の打診を受けたことを明かしたが、“生涯市民ランナー”を宣言。

 「行くつもりはない。僕はもう指導者に従う気はないです!自由にやりたいんです!僕が尊敬するのは、家庭も仕事も大事にする市民ランナーなんです!」

 -同月のエジプトマラソンに出発する際、パスポートを忘れ、搭乗予定の飛行機に乗れず。自腹を切って、別便で出発し、大会新でV。

 「なんとか気持ちを切りかえようと思った」

 -13年2月別府大分毎日マラソンでロンドン五輪6位の中本健太郎を破り優勝。2度目の世界選手権代表入りを確実にする。

 「やっぱりマラソンは楽しいなと思った」

 -13年5月の春日部大凧マラソンで、自身のモノマネ芸人M高史と対面し、困惑。

 「パロディーというか風刺というか。公認ですか?公務員が公認しちゃいけないと思うんで…」

 -同5月の仙台ハーフで、アテネ五輪金メダリストの野口みずきと対面。

 「野口さんが金メダルを獲った時、僕は高校生でケガの繰り返しでどん底だった。同じ代表になれるなんて」

 -6月の隠岐の島ウルトラマラソン50キロでゴール後に熱中症で倒れる。

 「意識が飛ぶ寸前だった」

 -8月のモスクワ世界選手権出発で、

 「失敗したら、後はない。進退を懸けた戦いになる」

 -世界選手権で18位に終わったものの、進退の結論を先延ばし。

 「12月の福岡で勝たないといけない。得意の冬で勝てないようでは先はない。福岡でアジア大会代表を決められないようなら…」

 -12月福岡で20キロからスパートする“暴走気味”のレースをしながら、日本人トップの3位でアジア大会代表入りが有力に。

 「この結果は『日本代表になれ!』という声だと思う」

 -14年4月とくしまマラソンで、レース中腹痛を起こし、トイレに駆け込むも、2位に8分以上の大差で優勝。

 「レース前に水分を取り過ぎたのかも。応援してもらったのに、申し訳ない」

 -同7月ゴールドコーストマラソンで日本人トップの3位も、惨敗した他のナショナルチームメンバーにダメ出し。

 「あれでいいんですか?ナショナルの人がボロボロにやられている。レース絞って走ってるのに。メンバーもたまたまサブテン(2時間10分切り)した選手が多い。結果が出なければ、出した人と入れ替えた方がいい」

 -同9月ナショナルチームの合宿で、40キロ走に参加しなかった選手が多数いたことに、

 「僕も1週間前にパースマラソンを走ったけど、40キロ走だけは走れと言われてきた。代表の重圧の中、こういう注目される場にきっちり合わせて結果を残すことで、選考会や五輪でも結果が出る。合わせられない人は来年はいない。ふがいない選手はペンの力でどんどん叩いてもらって、打たれ強い、素晴らしい選手を作ってほしい」

 -10月のアジア大会でトラック勝負に敗れ、トップと4秒差で銅メダルに終わり、涙。

 「これで悔しくなかったら、アスリートを辞めた方がいい。こんなに悔しいレースはない」

 -代表争い一時撤退を表明し、

 「日本代表の重圧に耐えられる強さを身につけて戻ってこられたら。駄目ならそれまでの人間」

 -ちばアクアラインマラソンで優勝。アジア大会直前の秩父合宿で遭難しかけたことを明かし、

 「代表の重圧で『死ぬんじゃないか』と追い詰められていた時に、遭難しました。7~8時間さまよった。水も食料もなくなって、崖に落ちそうになったり、熊に襲われる恐怖もあった。そこで悟ったんです。こうやってまともな道を走れるのは、なんて幸せなんだと。走れるって素敵なことなんです」

 -15年7月、ナショナルチーム入りを辞退した経緯を語り、

 「(日本陸連に)何度も裏切られた。情報も混乱している。そういう組織にいて意味があるのか。そこで辞退に心が固まった。入るメリットよりデメリットの方が大きい。自分には野生的な方が向いている」

 -リオ五輪の選考会だった12月の福岡国際に出場も左足にけいれんを起こし、8位に終わる。

 「普通に走って、普通に負けたかった。なぜこうなったのか。今まで同じレースで走った選手がけいれんを起こしたら、『調整不足だな』と思っていた。天罰だなと思う」

 -17年ロンドン世界選手権を日本代表としてラストレースとすることを表明。その後は“ヒール(悪役)”転向を予告。

 「正攻法で目指すのはそれまで。そこからはナショナルチームの選手と戦って、負かしたら『そんなんじゃ世界で勝てないよ』と言おうかと。私に勝てないなら東京五輪でメダルなんて無理。今は“非NT”ですけど、“反NT”になろうかと」

 -福岡国際マラソンで日本人トップの3位となる世界選手権代表入りを確実に。直前の練習で右足ふくらはぎ、左足首を故障も、奇跡の走りを見せ、

 「本当にもう今回は最悪の状況だったので…。うれしくて涙が出た。(代表入りに)もうしばらくお付き合いください」

 -代表発表会見で陸連の瀬古利彦リーダーから東京五輪までの挑戦を打診されたが、固辞。

 「誰もが東京を目指しているわけじゃない!僕にとっては、ロンドンがすべてなんです!」