ここから本文です

多種多様なクルマが世の中に溢れているのはなぜ?

8/6(日) 21:20配信

投信1

モノ集めは「三つ子の魂百まで」

子供のころから「モノ」を集めるのが好きだった。まあ、子供は比較的素直に本能のまま行動するから、特にめずらしいことではなかったのかもしれない。ミニカーしかり、塩ビの怪獣人形、プロ野球カード、仮面ライダーカード…。

ただ、今思えば、他の子たちと明らかに違う点があった。自分がかなりの数を集めていることを友達に知られることが嫌だった。

普通ならばカードをアルバムに入れて、友達と見せ合いっこをして、自分が持っている希少性の高いカードを友達がうらやましがることで優越感と満足感に浸っているのだろうが、自分はなぜだかそうした「公共の場所」に、大切なコレクションを持っていくことを極端に嫌った記憶は残っている。なぜそうだったのか、今となっては思い出せないけれど…。

その名残りだろうか、世間でいう「コレクター」ほど傾倒してはいないのだが、明らかに本来必要と思われる数以上に多く持ってしまっているものがある。

まずクロノグラフの腕時計。両腕にするわけでもないのに、気がつけば10本以上集めてしまっている。しかもそのほとんどは、同じようなデザイン&機能の自動巻きのクロノグラフタイプ。しかし、時々思い出しては腕に巻く時計を変えてはみるものの、結局レギュラーメンバーとして重宝されているのは、自動巻きとは対極のカシオのG-Shock。

次はウィングチップの靴。そもそも古典的なウィングチップのデザインが大好きなのだが、探してみるといろんなカラーのウィングチップが世の中にあることに気付いた。ワインレッド、オレンジ、キャメル、深い紫、オリーブグリーン、コーヒーブラウン、などなど。

足は2本しかないのに、下駄箱にはお花畑のように色々なウィングチップが並んでいる。けれどもスーツは滅多に着ない職場環境なので、会社に行くときはもっぱらスニーカーかクラークスのワラビーブーツ。

そして、クルマ。家族3人に対して4台。鉄道やバスの便が悪い地域ではないので、仮にクルマがなかったとしても生活に何ら支障はない。最寄りの東急東横線大倉山駅までは徒歩10分ほどであるから、仮にタクシーを使ってもワンメーターで済んでしまう。現に平日クルマを使うのは私のみである。

つまり、ココロが動くままに、欲しいなぁと思ったものを手に入れていたら4台になってしまったのだ。これがもし、手に入れたそれぞれのクルマを必要とする妥当性を考えたとしたら、そもそもクルマそのものを所有する理由すら説明がつかなくなってしまうかもしれない。

税金や保険、ガソリン代などにかかる、いわゆる維持費の総額など計算したこともないが、クルマに興味のない人たちからすれば、おそらくとんでもない金額の浪費家として、非難と軽蔑の眼差しを受けるのだろうと思う。

わが身は一つしかないし、家族そろって出かけることがほとんどなので、実質1台あれば十分なのも事実。また、1台だけ稼働率が高いのも事実。それでも台数を減らせないのは、子供の頃から本質が変わっていないからなのだろう。

1/2ページ

最終更新:8/6(日) 22:20
投信1