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創業63年、箱根の老舗ホテルが人工知能を導入した理由

8/7(月) 9:46配信

ITmedia エンタープライズ

 箱根湯本にある創業63年の老舗ホテル「ホテルおかだ」。AIを導入するなど積極的なIT活用を進めているが、その中心となっているのは営業部長の原洋平さんだ。原さんは、NECにも勤めたエンジニアだったが、生まれ育った旅館に戻り、仕事の中で見つけた業務課題を自作のITツールで改善していた。

【箱根湯本にある老舗ホテル「ホテルおかだ」】

・インタビュー前編はこちら→NECから温泉旅館へ転身――元エンジニアが挑む、老舗ホテルのIT化

 そんな中で起こった「東日本大震災」をきっかけに、ホテル経営、そしてITに対する原さんの考えは変わっていった。業務現場の課題を解決するだけではなく、ホテル全体に良い影響を与える手段として、IT活用の可能性を見いだしたのだ。

●「個人化」と「オンライン化」が進む旅行業界

 原さんは現在、営業部長として売り上げや収益の分析も行っている。使っているツールはもちろん自作のものだ。集客チャネルから最終的な営業利益まで、さまざまな要素の関係を、細かく可視化したのが特徴という。実績を細かく確認できるほか、収益構造をデータ化して分析することで、どのように集客を行えば利益を高められるかを検討するのがその狙いだ。“どんぶり勘定”を排し、経験からくる判断ミスをなくす効果もある。

 「社員のリソースや顧客満足度を踏まえて集計結果を分析したところ、狙うべきターゲットを変えていく必要があると感じました。もともと、弊社は企業の団体旅行をメインに集客しており、顧客の6割以上が団体客でしたが、昨今のトレンドや収益最大化を考えると、より個人にフォーカスし、リピーターと単価を増やす戦略に切り替えた方がよいと考えたのです」(原さん)

 一度に多くの売り上げを確保できるという点で、団体客にはメリットもあるが、原さんの分析では、最も収益に影響を及ぼす要素は“客単価”だった。

 「人数が増えても単価が下がれば総利益は下がる」。原さんはこれまでもそのように感じてはいたものの、実行には大きなリスクを伴うこともあり、決断をためらっていた。しかし、収益構造を把握したことで、人数が減っても総利益が上がるシミュレーションを数値化できるようになり、具体的な戦略にまで落とし込むことができたのだ。

 個人客を重視する戦略を提案した際、財務担当者には反対されたが、社長が賛成したことでプロジェクトが進み、わずか1年で利益は大きく改善されたという。

 「実際、2009年くらいから団体旅行の需要が冷え込んできているように感じていました。一方、オンライン個人旅行の市場は大きく伸びています。楽天、じゃらんやBooking.com、最近ではトリバゴなど、宿泊施設の予約サービスが充実したためです。リピーターが顧客の大半を占めるような宿ならば話は別ですが、ウチのように新規もリピーターも必要、というビジネスモデルならば、メインストリームの客層に合わせて戦略を変えなければ、すぐに厳しい状況に追い込まれてしまうと思います」(原さん)

 個人化とオンライン化が進み、予約チャネルが増えたことで新たな集客ができるようになった一方でオペレーションの負荷が高まっている旅行業界。しかし、このトレンドは他にも大きな課題を突き付けた。「キャンセル」の問題だ。

●「キャンセル問題」にITで立ち向かう

 原さんによると、オンライン化が進んだことで、すさまじい勢いでキャンセル数が増えているという。ホテルおかだでも、この5年でキャンセル数が2倍近くになったそうだ。キャンセルが増えれば、機会損失はもちろん作業も増える。IT化に対応できなければ、文字通りの“経営危機”が待っている。

 このキャンセル問題に対応するため、原さんは「Salesforce」を活用しようとしている。例えば「仮押さえの期限」だ。データに基づいて、仮押さえの期限をコントロールできれば、機会損失を最小化できる。紙を使って管理していたころは、全体像が把握できずに手が出せなかったが、今は業務フローの更新まで見据えて動き出しているところだという。

 「たとえキャンセルされてしまったとしても、早い段階で決まれば、その後新たに埋まる可能性が高まります。キャンセルを発生させない、または発生しても対処するという仕組みをWeb上で作らなければならないと思っています」(原さん)

 キャンセル数を減らすため、顧客のロイヤルティーを高めるのもITの出番だ。販売チャネルや客室タイプといった要素と、顧客満足度がどれだけ相関しているかといった分析も行っている。分析データはセルフBIツールの「Qlik Sense」で全て可視化。自分1人で使っているため、無料で済んでいるという。

 「多少価格が高くても、満足してもらえるにはどうすればいいか。売り上げや顧客満足度までひもづいているので、さまざまな角度からデータを見ることができます。次はマーケティング支援ツールの『Pardot』を入れて、データを連携させようとしています。ファンを増やすためのいろいろな施策ができるんじゃないかと楽しみです」(原さん)

●老舗温泉旅館が人工知能を導入した理由

 そんな原さんが、最近手掛けたのが人工知能(機械学習)を搭載したFAQシステムだ。公式Webサイトの中で見ているページ(客室、温泉、宿泊プランなど)に合わせて、しばらく時間がたつと下部によく寄せられる質問が出てくる。アクセスされる頻度が高い情報を学習し、より目立つ場所に表示されるようになるという。

 技術的には簡素なシステムではあるが、UI(ユーザーインタフェース)にはこだわっている。この類のシステムは、チャットボット的なUIになることも多いが、それを避け、ページ下から飛び出す形式にした。

 「旅行については、質問に対して少しでも曖昧な回答をしてしまうと、トラブルになる可能性があります。質問も回答も明確である必要があるんですよね。なので会話形式のUIは避けました。質問と回答をセットで伝え、さまざまな不安を解消できればと考えています」(原さん)

 導入にかかった期間は約4カ月。日本オラクルから、同様のシステムを提案されていた知り合いの旅館に誘われたのがきっかけという。過去に多かった問い合わせのデータを入力し、2017年5月に稼働を開始した。Webページからの予約も増え、ページへの訪問者も10%以上増えた。

 「電話で問い合わせができない時間帯をうまくカバーできるのが大きなメリットですね。うちは電話予約ができるのが19時までなのですが、4割くらいのお客さまはそれ以外の時間帯に予約をするので。あと、質問の検索履歴から分かる発見もあります。例えば『売店にパンツは売っているか』といった質問。電話では話しづらいと思いますが、団体旅行で会社から直行するような場合、分かると便利ですよね」(原さん)

●宿泊客にAIが情報を提供する

 今後はAIが学習したデータを宿泊客に対して提供することを考えているという。宿泊客が“今”知りたい情報をWebコンシェルジュのような形で表示するのだ。予約前や予約後に寄せられる質問から、宿泊中に出てきそうな質問を推測し、各部屋のテレビに表示するソリューションを開発しているところだという。

 「疑問点も時間によって変わると思うんです。チェックインしたときに知りたいこと、食事前、食事後、寝る前、など。例えば帰るときだったら次に行く観光スポットの情報とか。そういう疑問を時間帯別にカテゴリ化すれば、より精度の高いAIが作れるはずです。

 また、うまく情報を与えることで、ピークマネジメントのようなものができればと思っています。お風呂やレストラン、おみやげなど、どうしても混雑する時間ができてしまいがちですが、平準化することで私たちにとっても、お客さまにとってもメリットが出てくる。『今空いてます』といった押し付けではなく、情報提供の頻度などで変えられないかと考えているところです」(原さん)

●エンジニア時代よりも技術を学んでいる

 最新のITトレンドに合わせ、さまざまなツールを導入している原さんだが、今でもITの勉強は欠かしていないどころか、エンジニア時代より、勉強する意欲は高まっているそうだ。「Japan IT Week」や「AWS Summit」など、展示会やイベントにも足しげく通っているという。

 「エンジニアをやっていた当時よりも、自分で考えて自分で作れるから、今は本当に面白いです。技術の進歩も早いですし。昔の経験が生きているわけではないですが、それこそAWSが流行っていると思ったら、自分で契約して使ってみて、新しいAPIがないかって探してみたりして。

 昔は新しい技術が好きだったんですが、技術そのものを追求するイメージでした。今はその技術をどう仕事に生かすかを考えるのが楽しい。そこから動くまでのスピードも今の方が圧倒的に早いです。だから、情報を取りにいく欲求も昔より高くなっている気がします。そうした方が、経営に役立つと自分の中で確信しているので」(原さん)

 またリクルートやじゃらん、楽天など旅行業界の技術者と情報交換をすることで、最新の情報を得ることもあると原さん。「半分趣味みたいなところもあると思いますけどね」と笑う。

●NECから温泉旅館へ、境界を飛び越えて見えてきたもの

 エンジニアから、温泉旅館という全く異なる世界に飛び込んだ原さん。ITを生み出す側とITを使う側、両方の立場を経験して得たものは大きいという。特に、経営全体を見るようになってから、ITに対する考え方が変わった。

 「顧客やライバル、市場がある中で、自社の戦略があり、その戦略を作るために、人的なリソース、金銭リソース、施設管理など企業の全ての要素があるわけです。自社が取り組むべき課題が明確になった中で、ITって会社全体から見たら何をしているのか――ということが見えるようになると、優先順位がすごく明確になったり、ITで変化を加えるべきポイントが見えてきました。

 NECで働いていたころはそのレベルまで見えていませんでした。自分たちの活動が、クライアントの会社にとっていいことかどうかが分からなかったんです。ホテルおかだでも、経営ではなく、フロントという立場でずっとやっていたとしたら、ただ単にみんなにとって使いやすいものを作っているだけで、経営に対してインパクトを与えられるものを作れていたかは疑問ですね」(原さん)

 NECからホテルのフロント、そして経営へ――。会社を越え、役割を越え、さまざまな視点を得たことで、原さんのITに対する考え方はその都度変わってきた。ITに対する関わり方や立場が変わることで、その目的やITの使い方は変わっていく。これこそが、ビジネスを推進させるための“道具”として、ITを正しく使いこなしているといえるのではないだろうか。

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