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教頭は元エース 42年ぶりの甲子園

8/7(月) 8:34配信

福井新聞ONLINE

 坂井高の甲子園初出場に沸く福井県坂井市。同市からの夏の甲子園出場は実に42年ぶりで、前回は旧三国町で1974、75年に連続出場した三国高にまでさかのぼる。当時のエース田行和好さん(60)=福井市=はくしくも現在、坂井の教頭を務める。ナインの県大会での奮闘を自らと重ねながら、来年3月の定年退職を控え、教員人生最後の“熱い”夏を過ごしている。

【写真】当時、ブルペンで投げ込む田行さん

 田行さんは制球力を武器に1年秋からエースに。2年時の74年夏、同校を17年ぶり2回目の甲子園に導くと、翌75年夏も連続出場を果たした。

 「今回の坂井の県大会の軌跡は、74年の夏とほぼ同じ」と田行さんは振り返る。当時は福井県と滋賀県の代表各2校が1枚の甲子園切符を争う福滋大会に臨んでいたが、三国は県大会1回戦で北陸、3回戦で武生、福井県代表決定戦で敦賀を破っており今大会と同じだった。

 福滋大会も田行さんの快投で2試合連続完封。坂井も甲子園切符をつかむまでの2試合は連続完封勝ちと同じだった。「接戦の連続、対戦相手校や最後の連続完封など、自分たちの戦いを再現しているようだ」。17歳の夏が鮮やかによみがえった。

 現チームで目が行くのはやはりエース吉川大翔(ひろと)選手。田行さんは右腕、吉川選手は左腕だが、ともに持ち味は制球力と安定感。打たせて取る投球、ピンチにも表情を変えず投げる姿…。「見れば見るほど、自分が投げているような錯覚になる」

 小中高大と白球を追い、教員になってからも三国の監督として18年、県高野連理事長として11年、球児と苦楽を共にした。「今回の甲子園切符は、野球一筋を貫いた自分に、ナインと野球の神様がくれたご褒美」と感慨深げだ。ただ、プレゼントはこれだけとは思っていない。「自分たちは甲子園勝利まで2年掛かったが、今のナインは1戦ごとに成長しており、1勝と言わず、上位も狙える」。甲子園からもっと大きな吉報が届くと確信している。

福井新聞社