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[寄稿]浮遊する日本政治

8/7(月) 16:38配信

ハンギョレ新聞

 7月の東京都議会選挙で大敗し、支持率の急落に右往左往していた安倍晋三首相は、8月3日内閣改造を行った。野田聖子、河野太郎両氏など従来安倍首相の権威主義的姿勢に批判的だった政治家を閣僚に取り込んだ結果、支持率は回復したようである。

 特に、河野太郎外相については、中国、韓国など近隣諸国からも期待する声が上がっている。外相の父、河野洋平氏は、宮沢政権の官房長官として従軍慰安婦問題に関する談話を発表し、憲法問題でも護憲の立場を貫いてきた。外相に父の路線の継承を期待するのも自然な反応だろう。しかし、私はこの点については懐疑的である。河野洋平氏は一時自民党の腐敗体質を批判して、穏健リベラルの新党を作ったくらいの政治家で、自己の信念に忠実であった。昔の自民党の派閥対立を美化するつもりはないが、派閥の背景には政治家の理念や信条の対立も存在した。

 しかし、今の自民党には強権的なタカ派の指導者を諫める信念の政治家は存在しない。安倍一強体制は野党との関係だけではなく、自民党内の非主流派との関係でも存在した。今回閣僚に登用された、比較的まともに見える政治家が、自民党を本来の穏健保守の政党に引き戻したいと思うならば、落ち目の安倍政権に協力するのではなく、次の総裁・総理の座を目指して機会をうかがうべきであった。政治家にとっての信念とは、船の錨のようなものである。信念のない政治家は、流れに漂うばかりで状況を切り開くことはできない。

 誰よりも漂流しているのは安倍首相本人である。支持率の急落を受けて、国会答弁や記者会見でのものの言い方は慇懃になった。しかし、国民に対する丁寧な説明は口先だけで、防衛省におけるPKO活動の記録隠蔽、森友学園に対する国有地の不当廉売、加計学園に対する学部新設をめぐる特別な優遇などの疑惑について、従来の説明を否定する新しい事実が報道されているにもかかわらず、国会での審議や調査には応じようとしない。
 憲法改正問題についても、5月のメッセージではこの秋に自民党の案をまとめ、2020年に改憲を実現すると主張していたが、それを転換して日程にこだわらないと言い出した。安倍首相において、憲法改正はそれ自体が目的である。政治家としての功名心に駆られて、また祖父、岸信介の野望を成就したいというファミリービジネスの発想で、改憲を追求している。

 もちろん、憲法改正を論じることは自由である。しかし、今の憲法を見直す議論は、戦後日本の70年の歩みを総括すること、さらには先の大戦の意味付けと密接不可分である。現行憲法の制定は、第2次世界大戦における敗北とポツダム宣言の受諾から一続きの作為である。今の憲法を否定することは、敗戦後国際社会に復帰したときの条件を否定することを意味する。改憲論者からそのような歴史に関する議論を聞いたことがない。靖国神社に参拝する政治家は、戦争の犠牲になった日本の兵士を神聖視するだけで、なぜあのような戦争を起こし、巨大な犠牲を生んだのかを省察することはない。

 8月は日本が、2個の原爆攻撃を受け、ポツダム宣言を受諾し、敗戦を決めた月で、戦争をめぐって様々な議論が行われる。安倍首相が憲法改正論議を急がない姿勢を示したのだから、事実に基づく歴史認識について議論を深めるべきである。歴史を繰り返さないという決意が、あらゆる憲法論議の前提である。そして、8月15日、日本の敗戦の日が、隣の韓国では自由と解放の日として祝われているのはなぜかを理解することも、歴史議論の中で不可欠の課題である。
山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:8/7(月) 16:38
ハンギョレ新聞