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クマ被害を減らすにはどうすればいいのか 「観光」しかない

8/8(火) 8:19配信

ITmedia ビジネスオンライン

 この季節、野山でアウトドアを楽しむ方も多いが、そこで心配なのが「熊」の存在ではないだろうか。

【熊の生息地域が拡大している】

 ニュースでもちょこちょこ報じられているように、熊に襲われる被害が最近増えている。環境省によると、1980~90年代の熊による死傷者数は年間20~40人で横ばいが続いていたが、2000年代に入ると年間50人以上に跳ね上がり、時には100人超という年もあるという。

 その襲われ方もかなりヤバくなっている。

 2016年、秋田県鹿角市で起きた男女4人が殺害され、3人が重症を負った痛ましい事件では、3~4頭のツキノワグマが人を食べたのではないか、と専門家はみている。もともと熊は臆病な動物で、人間の気配を察すると自ら去っていくくらいだが、一方で非常に高い学習能力を持っているため、一度でも「人間の味」を知ってしまうと、人間を「獲物」とみてしまうという。

 つまり、キャンプ場や登山道で大自然を満喫していたら、「殺人熊」にバッタリなんて可能性もゼロではないのだ。

 熊が出て危ないと警告されるような場所にズカズカと足を踏み入れるからそういう痛い目に遭うのだ、と自己責任論を唱える方もいらっしゃるかもしれないが、近年では山深い場所だけではなく、住宅地や人の多い観光地のような場所にまで熊が出没している。

 例えば、2009年には数百人の登山客であふれる乗鞍岳の畳平バスターミナルに突如現れた熊は、恐怖で騒ぐ登山客や巨大なバスに遭遇してパニック状態に陥り、9人の行楽客やバスターミナルの従業員を無差別に次々と襲った。

 そう聞くと、「好き勝手に自然を破壊して熊の居場所を奪った罰だ」なんて感じで「もののけ姫」的な戒めを口にする方もいるが、そういう単純な自然保護論を振りかざしているだけでは、100年経ってもこの問題は解決しない。

 クマ被害が近年増えているのは、我々日本人が自然の開発から無責任に撤退してしまったことが大きいからだ。

●熊の生息地域と過疎化の関係

 熊の研究者などでつくるNGO「日本クマネットワーク」が2014年に実施した調査によると、熊の生息域は、環境省が2003年に調べた時と比較して全国的に拡大している。原因としては、猟を行う人々が年々減少していることで、熊の脅威が少なくなったこともあるが、なによりも大きいのは過疎化だ。

 「クマは隠れる場所がないところを嫌う習性があるため、手入れがされた里山はクマと人のそれぞれの生活圏を隔てるいわば“防波堤”のような役割を担ってきた。しかし、過疎化が進むと里山が荒廃し、草木が生い茂る場所にクマが入り込むようになった結果、クマの分布エリアが広がったとみられている」(日テレNEWS24 2017年6月2日)

 要するに、これまでは人間がある程度、自然を整備してきたことで、自然界と文明社会の壁ができて、熊も人間もある程度の距離をもって生きることができたが、その整備を行う体制が少子高齢化で崩壊してしまったというわけだ。手つかずの自然に人間が介入することが、実は人間にとっても、熊にとってもベストの策だというのは、高樹沙耶さん的なナチュラリストのみなさんからするとなかなか受け入れがたい話かもしれないが、熊の生態に詳しい北海道大の坪田敏男教授(野生動物医学)もこんな提言をされている。

 「荒れた里山や耕作放棄地を見通しよく整備してクマが入り込みにくくするなど、行政は人里に寄せ付けない対策を急ぐべきだ」(産経ニュース 2016年6月27日)

 このような自然の整備の最たるものが、「カウベルト」である。先ほども申し上げたように、熊はもともと臆病なので、自分よりも大きな生き物を避ける。そこで、牛を放牧することで、人間の居住エリアに熊が立ち入れない壁にしようという施策がカウベルトで、現在富山県などが推進している。

 ただ、残念ながらこれだけでは根本的な問題解決にならない。

●抜本的な対策は「観光」しかない

 カウベルト自体は非常に有効な対策ではあるのだが、現実問題として年金もパンクするという財政状況の今の日本で、この施策にどれだけ税金が注ぎ込めるのかという大きな問題がある。そこは民間の活力で、と気軽に言う人がいるが、獣害を減らすため里山や耕作放棄地を整備してくれと呼びかけても、民間にはなんのメリットもない。補助金や自治体の手厚いサポートをちらつかせても、田舎暮らしに憧れた人なんかが1年くらいで音をあげて都会に帰ってしまうように長く居座ってはくれない。

 では、どうすれば熊が人間を襲うような悲劇を少しでも減らすことができるのか。いろいろなご意見があるだろうが、抜本的な対策として現実的に実行できそうなのは、「観光」しかないのではないかと思っている。

 日本では熊が目撃されると観光地は大打撃を受けるが、世界的にはまったく逆で、野生の熊は「観光資源」として重宝されている。その代表が、カナダのブリティッシュコロンビア州(以下、BC州)だ。ここの観光局Webサイトにはクーズマティーン自然保護区など「クマに会える厳選スポット10選」が以下のような宣伝文句とともに紹介されている。

 『広大な荒れ地があるBC州では、至る所でクマを見ることができます。BC観光局のフェイスブックファンの皆さんの協力を得て、ベアウォッチングのベストスポットを厳選しました』

 なぜBC州がこのようなベアウォッチングに力を入れるのかというと、すべては自然の整備のためである。

 広大な自然を整備するのは多くの金がかかる。動物を守るためのレンジャーなど多くの人件費がかかる。絶滅危惧種を保護するための施設や、研究者だっている。それらの莫大な費用を国や自治体がサポートするといっても限界があることは言うまでもない。そこで広大な自然を観光資源として活用し、世界中から観光客を招くことで得た資金で自然の整備を行っているのだ。

 もちろん、日本の国立公園なんかのように手つかずで荒れ放題の自然を見せても、観光客は金を落とさない。そこで、ベアウォッチングのようにその地でしかできないような自然体験ツアーを「観光の目玉」としているのだ。

●「放置」ではなく「整備」しなければいけない

 野生動物まで金もうけのネタにするなんて、自然を畏(おそ)れ敬(うやま)ってきた我々日本人には信じられないという人もいるかもしれないが、日本には海外の動物愛護団体から「商業目的の虐待飼育」と批判されている「クマ牧場」がある。

 経験豊富なレンジャーに引率された観光客から遠目で観察され、整備された自然のなかで駆け回るBC州のクマと、コンクリートの檻のなかで芸を仕込まれるクマのどちらが野生動物として幸せなのかは、言うまでもないだろう。

 文化財にも通じることだが、日本人はとにもかくにも手をつけないことが「保護」だと信じて疑わない。だから、文化財や自然を観光資源として整備しようという話が出ると、「マナー知らずの外国人観光客に日本の美しい自然や伝統文化が破壊される!」と半狂乱になる人が多いが、実は自然も文化財も手をつけないことで、衰退の一途をたどっているというなんとも皮肉な状況がある。

 本連載で何度か紹介している文化財保護会社を経営しているデービッド・アトキンソン氏など当事者はその危機が分かっているので、「放置」ではなく「整備」の必要を訴える。

 自然に関してもまったく同じだ。2013年2月14日のクローズアップ現代「ハンターが絶滅する!? ~見直される“狩猟文化”~」(NHK)という番組のなかで、猟師の千松信也さんがこんなことをおっしゃっている。

 「さんざんこれまで人間が自然に手を加えて、手付かずの自然なんてもう日本にはほとんど存在しないです。昔から人間というのは自然の一部として、関わりを続けてきた。さんざん手を入れて、ある一方でひどいことをして、それをそのまま放置するっていうのは、それ自体がさらなる自然破壊。決して自然は、そのまま放置しておいていい状態ではないというのが現状だと思います」

 人間が自然を制御できる、というのは大きな思い上がりだが、「いろいろ昔は荒らしたけど、自然なんだから放っておけば勝手に蘇るでしょ」という考えはそれ以上に傲慢(ごうまん)ではないか。

 自分たちが放ったらかしにして生息地を拡大させておきながら、そこで熊が好き勝手に振る舞うと、「害獣」として撃ち殺す。熊からすればこんな理不尽な話はない。熊たちが人間に牙をむくのは、そんな怒りからなのかもしれない。

(窪田順生)

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