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<鵠沼郷土資料展示室>サーフィン文化をたどる企画展

8/8(火) 9:00配信

毎日新聞

 神奈川県藤沢市の鵠沼海岸で始まったサーフィン文化を資料やサーフボードの展示でたどる企画展が、同市鵠沼海岸の鵠沼郷土資料展示室で開かれている。鵠沼は日本初のサーフィンクラブが組織された“発祥の地”。少年のころの戦後すぐに見よう見まねで木製ボードを手作りし、自らもサーファーだった同展示室副運営委員長の内藤喜嗣さん(81)は「サーフィンをスポーツとして育てたのは鵠沼だということを、改めて知ってほしい」と話している。【鈴木篤志】

 鵠沼海岸には1886(明治19)年に海水浴場が開設され、長さ90センチほどの板を使った波乗り遊びが行われていたが、本格的なボードが持ち込まれたのは戦後になってから。米海軍厚木基地のパイロットから指導を受けて腕を上げた少年たちが、1963年にサーフィンクラブ「サーフィング・シャークス」を結成。当時、「週刊プレイボーイ」と人気を二分していた男性週刊誌「平凡パンチ」のグラビアで活動が紹介されたことで、サーフィンは全国に知られるようになった。

 展示でひときわ目をひくのは2枚のロングボード。そのうち長さ2・7メートルのボードは、66年に内藤さんが買い求めた。日本の百貨店が初めて取り扱った貴重なもので、大卒初任給が1万円の当時、6万円というぜいたく品だった。米国で修業した製作者の阿出川輝雄さんが直接、家に届けてくれたが、その時は本人と気付かず、昨年5月に50年ぶりに再会したというエピソードも。鵠沼の伝説的なサーファー・善家誠さんモデルのボードも展示している。

 65年に全国組織の日本サーフィン連盟が創設された後もカルチャーやファッションが先行していたサーフィンだが、近年はスポーツとして浸透し、2020年東京五輪では初めて競技種目として開催される。草創期から半世紀、鵠沼のサーフシーンを見続けてきた内藤さんは「これからも鵠沼がビーチスポーツの聖地としてあり続けてほしい」と期待している。ビーチバレーやライフセービングなど湘南で発展したビーチスポーツの歴史もあわせて資料で展示。15日まで。開館は午前10時から午後4時(月曜休館)。問い合わせは同展示室(0466・33・2001)。

最終更新:8/8(火) 9:00
毎日新聞