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<林京子さん>同級生との手紙に喜び 原爆作品が感想文に

8/8(火) 13:48配信

毎日新聞

 長崎での被爆体験を基にした原爆文学作品で知られ、2月に亡くなった作家の林京子さん(享年86)が、学徒動員先の工場で共に被爆し、作品にも登場する同級生に送った手紙を、同級生が大切に持っている。作品を読んだ高校生の読書感想文がコンクールで入賞し、平和への思いが若い世代に伝わったことを喜ぶ内容だった。

 林さんと同級生の山口美代子さん(86)=福岡市南区=は、長崎県立長崎高等女学校時代、爆心地から1.4キロの三菱兵器大橋工場で動員学徒として働いた。林さんは紙くず再生などの作業を、山口さんは同じ工場に動員されていた旧制第七高等学校(鹿児島大の前身)の男子学生と一緒に魚雷の部品の図面を書き写す作業をそれぞれこなしていた。

 1945年8月9日の原爆投下時、山口さんはとっさに図面を書く机の下に潜り込んで助かったが、一緒だった七高生や女学校の学友、先生たちを失った。1カ月後、父が原爆症で亡くなり、自身も胸に紫の斑点が表れ、しばらく床に伏した。

 林さんも原爆症での死の恐怖におびえながら、32歳で小説執筆を始め、75年に被爆体験を基にした「祭りの場」で芥川賞を受賞。90年には、学徒動員の若者の姿をたどった「やすらかに今はねむり給え」を発表、谷崎潤一郎賞を受賞した。この作品の執筆のため、証言を集めるなど協力したのが、七高生の遺族とも親交があった山口さんだった。

 作品は91年に青少年読書感想文全国コンクールの課題図書になり、東京都の男子高校生の感想文が入賞した。高校生は戦争の記憶が遠のく中「同じあやまちを二度と繰り返してはいけないとの筆者の切々たる願いが(中略)淡々とした語り口の中にうかがい知ることができる」とつづっていた。

 山口さんと手紙のやり取りを続けていた林さんは、コンクールの表彰式に出席したことを報告し「時空を越えて、みるべき事はみてくれていますね。安心しました」と記した。

 女学生の一人として作品にも登場した山口さんは、亡くなって半年がたつ林さんを「普段は冗談ばかり言い合う仲だった」としのびながら、「小説で原爆のことを話したくても方法がない人たちの声を代弁してくれた」と語る。今年も福岡市内の小学校で長年続ける被爆体験の語り部を務め、8月9日には、長崎で七高生犠牲者の慰霊祭に参加する予定だ。山口さんは「林さんは骨の髄まで放射能の怖さを感じていた。核は絶対反対です」と話した。【青木絵美】

最終更新:8/8(火) 13:57
毎日新聞