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フィンテックの保育器「レベル39」

8/8(火) 14:30配信

ニュースソクラ

【資本主義X民主主義4.0】第二部 供給は自らの需要を生み出すか(5)「これからの5年が金融都市ロンドンの未来を決める」

 [カナリー・ワーフ発]金融都市ロンドンの心臓部シティーとカナリー・ワーフ、ヒースロー空港、国際列車ユーロスターを結ぶロンドン市交通局のエリザベス・ラインが2019年12月に全面開通する。その1年前にオープンするカナリー・ワーフ駅周辺には世界の金融機関がひしめく。イギリスの欧州連合(EU)離脱交渉の喧騒をよそに今、トンネルや駅の工事が着々と進められている。

 規制を撤廃して金融ビッグバンを始めたイギリス初の女性首相マーガレット・サッチャーの肝いりで1980年代前半にロンドン・ドックランズの大規模ウォーターフロント再開発が進められたのがカナリー・ワーフの始まりだ。欧州の中でフィンテック(金融とテクノロジーの融合)の「首都」と呼ばれるロンドンでも、カナリー・ワーフはその最大拠点となっている。

 新観光名所「シャード」(高さ310メートル)ができるまでイギリスで一番高いビルだった「ワン・カナダ・スクウェア」(同235メートル)39階の窓からロンドンの金融街を一望しながら、長身のベン・ブラビン(45)は自信をみなぎらせて言った。「ここから歩いて5分以内に世界を代表する約30の金融機関がある。そして世界の金融セクターのIT(情報技術)予算の30%がうなりを上げているんだ」

 今年3月に発表された世界金融センター指標(GFCI)でロンドンはアジア勢のシンガポールや香港に追い上げられたものの、ニューヨークを2ポイント抑えて世界一の金融都市の座を何とか死守した。しかしEU離脱によってこれまで金融機関がEU域内で自由に活動できた金融単一パスポートを失えば、その地位は危うい。「東半球と西半球が融合するロンドンの強みは揺るがないが、自己満足は禁物だ」

 ベンはワン・カナダ・スクウェア24階、39階と42階に2013年3月以降開設されたフィンテック(金融とテクノロジーの融合)やサイバーセキュリティーのインキュベーター「レベル39」のCEO(最高経営責任者)。精鋭ぞろいの海兵隊(ロイヤルマリーン)で鍛え抜かれたベンは見るからに精悍だ。「野心に満ち溢れた48カ国200社の、優秀なタレント1000人が切磋琢磨している。海兵隊と似ているよ。レベル39の人脈は周辺の12万人につながっている」

 農家育ちのベンはエジンバラ大学で哲学と文学を学び、1995年に海兵隊の奇襲隊員養成コースに入隊した。チームプレー、自己規律、屈強な肉体と精神を培い、苦難の中での前向きさ、プレッシャー・コントロールを叩き込まれた。5年後、投資銀行JPモルガンのバンカーに転身、その後、イギリス初のクラウドファンディングを成功させて売却した。

 順風満帆だったが、2011年春に危機がベンを襲う。こぶし大の腫瘍が頭の中に見つかり、「放置すると数日以内に死亡する」と医師から宣告された。しかし海兵隊魂で手術を乗り越え、年内復帰を果たす。英貿易投資総省(UKTI)を経て、レベル39のCEOにヘッドハンティングされた。

 「世界から見たイギリス経済の魅力はフィンテックとサイバーセキュリティー、デジタルハブとクリエイティブ・インダストリーの4つだ」とベンは力説する。HSBCタワーやシティグループ・センターと隣接していることが、文字通りレベル39の強み、引いてはロンドン発フィンテックの特徴だ。世界の巨大バンクとスタートアップが隣り合い、人材が交差している。

 「レベル39にはアドバイスをもらえる専門家が150人はそろっている」。経験豊富なバンカーと、新進気鋭のテクノロジスト、イノベーター、大学の研究者、ベンチャーキャピタル、インベスターがユニークな生態系をつくり出している。

 カナリー・ワーフでは金融とそれ以外の人材の割合は10年前の70対30から55対45に移行している。アメリカのIBM、インテル、オラクルも、インドのインフォシスもカナリー・ワーフの住人なのだ。

 EU離脱交渉の期限は19年3月末。だが、EUとの新しい貿易協定がどんなものになるのか、いつまでかかるのか、いまだに見通しが全く立たない。EUからの移民が規制されると人材供給にも大きな影響が出る。スタートアップは優秀な頭脳と豊富な資金、低コストの場所を求めて移動していく。ロンドンの地位は決して不動ではない。

 「次の5年で産業の専門性、経済的な地位、雇用の見通しといったロンドンとイギリスの未来が決まる」とベンは言う。

 次なるユニコーン(企業価値が10億ドルを超えるスタートアップ)を目指して、レベル39でしのぎを削る即時グロス決済システムのRipple(リップル)、光学式マウスの開発者が起業したToken(トークン)、サイバーセキュリティーのデジタル・シャドーに交じって、キラリと光る日本のスタートアップがあった。

                (文中敬称略、つづく)

■木村 正人(在英・国際ジャーナリスト)
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

最終更新:8/8(火) 14:30
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