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日報問題、防衛省内で責任のなすりあい

2017/8/8(火) 18:02配信

ニュースソクラ

【軍事の展望台】稲田氏の「資質」がささいな問題を増幅

 「蝸牛(カタツムリ)角上の争い」という表現が古代中国にある。あまりにも小さく、他人から見ればどうでもよいような下らない争いをさす。防衛相の「日報」開示を巡る紛議は陸上自衛隊、内局、大臣などが保身のため、責任のなすり合いをするうち、あたかも大問題のようになってしまった。

 南スーダン国連平和維持部隊(PKO)に自衛隊を派遣することは2011年11月に民主党・野田政権が決定、翌年1月から施設(工兵)部隊を中心に約350名が派遣された。当時、防衛省、自衛隊は治安の不安などから慎重だったが、外務省が押し切った。

 案の定、2013年12月から、部族間対立により、政府軍と反政府軍の内戦が始まり、人口約1200万人中、200万人以上が避難民とも言われる。昨年7月にも首都ジュバで戦車、ヘリコプター、迫撃砲などを使う戦闘が再発、270人以上の死者が出た。

 この際、現地の陸上自衛隊部隊は「戦闘が生起した」とし、駐屯地付近への砲弾の落下や、襲撃の可能性など、中央即応集団司令部(神奈川県座間駐屯地)に「日報」(日々の状況や行動の詳細な報告)で伝えていた。

 だが、防衛省(当時は中谷元大臣)は「戦闘地域に日本がPKO部隊を出しているのはPKO5原則に反すると批判される」と考え、「憲法9条上の問題となるような『戦闘』という言葉は使わないよう」と指示、「武力衝突」と言い換えていた。

 外務省も渡航についての危険情報で、南スーダンのほぼ全域を「レベル4」(退避してください)に指定しながら、自衛隊のいる首都ジュバだけは「レベル3」(渡航は止めてください)にしていた。

 このため、昨年9月にフリージャーナリストの布施祐仁氏が、7月の「日報」の開示を求める情報公開請求をしたのに対し、防衛省は12月2日「日報は破棄され、存在しない」として不開示を通知した。

 「日報」は現場からの詳しい報告で、後日の記録編纂に不可欠、将来の訓練、装備、地元対策などの参考になる貴重な資料だけに、制服幹部にも「あれを廃棄するとは信じ難い」との声が出た。

 自民党の河野太郎代議士(行革推進本部長)が公文書管理上の問題を指摘、それを受けた稲田朋美防衛相が再調査を命じたところ、12月中に統合幕僚会議で電子データとして保管されていたことが判明した。

 今年1月には陸上幕僚監部も電子データの存在を確認、黒江事務次官は報告を受けたが、稲田大臣には「統幕で発見」としか報告しなかった。

 結局2月7日に「日報」は一部黒塗りで情報公開されたが、請求者に「陸上自衛隊が廃棄した」と一度答えた手前、防衛官僚は「陸上幕僚監部にもあった」と言いづらく、「統合幕僚監部にあった」と公表した。

 だが陸上自衛隊としては、貴重な資料を軽率に廃棄したように言われては恥だから「実は陸上幕僚監部でも電子データに残っており、内局にも報告した」とメディアに漏らした様子で、それが3月15日に報道された。

 翌日、稲田防衛相は衆議院安全保障委員会で、陸幕にもあったことを公表しなかった件につき「報告を受けていなかった」と答弁した。日報問題については3月17日から防衛監察本部が特別監査を行っており、その中で陸上自衛隊は「2月15日の会議で大臣に対し、陸幕の電子データにあったことを報告した」と述べている様子だ。

 もし稲田大臣が報告を受けていれば、3月16日の国会答弁は虚偽、あるいは記憶違い、となるが、2月25日の会議は、すでに2月7日に情報を公開した後の話で「統幕だけでなく、陸幕にもあった」というのは重要性の薄い話だから、大臣が聞き流した可能性もある。

 この問題は防衛省の内局の官僚や陸上自衛隊の上層部が、保身や面子のために責任のなすり合いをしているにすぎず、大局から見れば、

 (1)「戦闘」と書いた電子データが統幕にあろうが、陸幕にあろうが、一般国民から見れば防衛省内にあった事実は変わらない。

 (2)当初、防衛省は「日報は廃棄した」との姑息な説明で開示を拒んだが、稲田大臣が再捜索を命じて電子データの存在が発覚、2月7日に情報公開が行われたのだから、その後の2月15日に大臣に「陸幕にもあった」との報告があろうがなかろうが結果は同じで、稲田氏が国民の「知る権利」を妨げたり、隠蔽を行った訳ではない。

 (3)3月10日にはスーダンのPKO部隊の撤収が発表され、5月26日にそれが完了したから防衛政策に影響したこともなかった。

 1省庁での責任のなすり合いのようなくだらない話が不釣り合いなほど大ニュースになった感がある。

 その理由としては、稲田大臣がこれまで「戦闘と言えば、憲法9条の問題となるから、武力衝突と言っている」と弁護士とは思えない「正直」な答弁をしたり、「森友学園の訴訟に関わったことはない」と言ったり、東京都議選挙の応援演説で「防衛省、自衛隊として支援をお願いしたい」と自衛隊の政治的中立を否定するような発言をするなど、資質を問われる言動が目立った。それで、ニュース・バリュー(注目度)が高まっていたことが一因だろう。

 また森友学園への国有地売却の経緯につき財務省理財局長が「記録は残っていない。電子データは自動消去され復元できない」などと言い張ったり、加計学園問題では文科省の記録を官房長官が「怪文書」と呼ぶ有様だった。

 国民に政府、官庁の隠蔽に対する不信感が拡がっていたことも、稲田防衛相が「日報隠蔽」をしたように思われる背景だろう。

 私はむしろ、今回の事件で今後「日報」の正確さが損なわれないか、との懸念を抱かざるをえない。現場の部隊からの報告は状況を忌憚(きたん)なく、ありのままを、正直に伝えるものでなくてはならない。

 それが情報公開の対象となり、問題が起こることを案じて、政府の答弁との整合性を考えたり、上層部の意向を忖度したような報告ばかり来るようでは判断を誤る元になる。

 そうでなくても、どの国でも部隊からの報告は自分やその隊の評判を高めるため、きれいごとになりがちだ。昨年7月のジュバの事態を「戦闘」と正確な報告をしたのは感心だし、今年2月にはそこを黒塗りにせず情報開示をしたのは評価されてよい。

 だが日報にこちらの弱点、例えば「弾薬が尽きつつある」とか、次の行動への準備状況が載っているような場合、それを公表し相手に知らせるわけにも行くまい。

 PKOでは、派遣先の政府や、協力関係にある他国の軍の問題点、例えば「政府軍の集団レイプ事件が続発している」との報告が日報にあり、それが日本で公表されれば、地元の軍は「日本の隊長は我々を悪し様に、誇大に本国に伝えている」などと反発、協力どころではなくなりかねない。

 情報公開法5条の3では、公開することにより「国の安全が害されるおそれ、他国または国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ」があれば不開示にできると定めているし、そういう部分は黒塗りもやむをえまい。

 選別の基準、手法を確立した上で、現場の指揮官、幕僚に対しては「余計な心配をせず、ひたすら正確な報告を送るのは諸君の務めである」と指導することが今後必要となるのではあるまいか。

■田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。

最終更新:2017/8/8(火) 18:02
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