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44年前の甲子園 達川コーチと「怪物江川」涙止まらんかった最後の夏

8/8(火) 11:19配信

西日本スポーツ

独特の話術で球界の今と昔を紡ぎ、毎回大好評をいただいている福岡ソフトバンクの達川光男ヘッドコーチ(62)のコラム「今昔物語」。今回はきょう8日に開幕する夏の甲子園に合わせて、高校時代の秘話を語ってくれます。広島商3年時に春は準優勝、そして夏は全国制覇を経験。高校野球の聖地で輝かしすぎる成績を残しましたが、その裏には知られざる汗と涙がありました。熱かった44年前の夏―。達川ヘッドとともにタイムスリップです。

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■怪物江川「とてもじゃない、これは打てない」

 西スポ読者のみなさん、どうも達川です。早いもので今年も、もう8月。暑い日が続いとるけど、野球ファンにとっては楽しみな季節じゃな。1日順延になったけど今日8日に夏の甲子園が開幕。今回は、高校野球にまつわる話をさせてもらおうと思うけえ。

 あれは、もう44年も前か…。ワシが広島商で出場したのは第55回大会。松坂世代から「○○世代」という呼び方が始まった思うんじゃけど、ワシらは今から言えば「江川世代」。作新学院(栃木)の江川卓よ。当時で150キロは楽に出てて「怪物」と騒がれてたけど、見ると聞くでは大違いよ。春の選抜で初めて見た瞬間、とてもじゃない、これは打てないと思うたよ。選抜が終わって広島に帰ってすぐに、近くの鉄工所から金属の棒をもらってな。1キロ以上あった思うけど、それを必死に振り、全体練習が終わって余分にティーバッティングを500スイングしたよ。これぐらいしないと江川は絶対に打てないと思ったよ。

■50歳をすぎて初めて知った真実 江川「今だから言うけど…」

 話が前後して申し訳ないんじゃけど、その年の春の選抜はまぐれでその江川に勝ったんよ。でも、50歳をすぎて初めて知った「真実」があっての…。東京ドームで野村謙二郎と江川と3人で話した時じゃった。野村が「江川さんて高校の時が一番すごかったんでしょ?」て言うもんじゃから「すごいなんてもんじゃないよ。何で勝ったんか、今でもわからんよ」てな。そしたら江川が「今だから言うけど…」て明かしたんじゃけど。その準決勝は雨天順延になった試合での。毎日、取材攻勢を受けてた江川は中止になった日もたくさん取材を受けて、疲れて空き時間に目立たないようにソファで30分ほど仮眠したらしいんよ。そしたらそこで寝違えて、準決勝は首が痛かったらしいんじゃ。「雨が降らなかったら絶対勝ってた」と50歳をすぎてから江川に言われたけど、そう言われても全然腹が立たんかったよ。それくらいすごかったんじゃから。

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最終更新:8/8(火) 13:45
西日本スポーツ

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