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教えて!キラキラお兄さん「テクノロジーで花業界をぶっ壊せますか?」

8/9(水) 6:10配信

@IT

 小尾龍太郎さんは、転機となったプレゼンを振り返る。

 「5分間、足の震えが止まりませんでした。足の角度を変えたら止まるかなと思ったけど、止まらなかった」

【お客さまは誕生日に花やバルーンを飾り付け、盛大に祝う。一晩に数百万円をデコレーションに使うこともザラだ】

 KDDIが運営するインキュベーションプログラム「∞ Labo」の第7期に、小尾さんは「これが最後のチャンス」と覚悟を決めて応募した。ここで選ばれなければ事業を諦めるつもりだった。そして、このプレゼンが小尾さんの転機となった。

 小尾さんはITエンジニアから花屋へ転身し、スタートアップ企業「Sakaseru」を創業した。ここに至る道はどのようなものだったのか、まずは、ITエンジニアとしての経験から聞いてみよう。

●短期間で転職を繰り返していた20代

 2005年、小尾さんは高校卒業後しばらくして「ドワンゴ」で働き始めた。中学生のころからオンラインゲームが好きだったので、ナムコと共同開発したオンラインゲーム「テイルズ オブ エターニア オンライン」やiアプリなど、携帯アプリによるゲーム開発に取り組んだ。

 当時のドワンゴは「職場に寝袋があるのが普通だった」そうだ。新サービス「ニコニコ動画」の立ち上げも強く印象に残っている。「『いいコードを書く人が偉い』風土の会社で、エンジニアとしての基本をたたき込んでくれました。今でも感謝しています」とドワンゴ時代を小尾さんは振り返る。

 2008年、ゲーム会社の「エレクトロニック・アーツ(EA)」に転職し、MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)の元祖、「ウルティマ オンライン」の開発に取り組んだ。だが2年後、リーマンショック後の業績不調で退職。まとまった額の退職金をもらえたのが救いだった。

 その後は友人が立ち上げたベンチャー企業の手伝いを経て、2010年に「paperboy&co.(現、GMOペパボ)」に入社。Blogサービス「JUGEM」を“モダンな環境に作り替える”業務に関わった。

 仕事の領域がゲーム分野からWebへ移ったことについて尋ねると、「ゲームは作るのが大変で、長いと3年かかることもあります。対してWebプロダクトは早ければ3日で形になる。しかもエンドユーザーの喜びは一緒です。ならば“早い”方が良いと考えました」とのこと。会社やフィールドは変わっても、目的はいつも「ユーザーの喜び」だった。

 2011年に「ミクシィ」に転職し、O2O(online to offline)領域で新会社を立ち上げるプロジェクトに参加した。ミクシィで関わったアプリ「mixi Xmas」は、オンラインで靴下やベルをクリックするとポイントがたまり、オフラインのローソンでギフトに交換できるサービスだ。

 ところが、社内事情のためにプロジェクトは頓挫してしまう。

 「チームはやりたい思いでいっぱいなのに、社内情勢で動けない」という状況にストレスを感じ、小尾さんはミクシィを1年で辞めてしまう。

●キャバ嬢の誕生日をアプリで管理する

 ミクシィを辞めた後、しばらくはフリーランスエンジニアとして働いた。身に付けたスキルを人の役に立てたいと思ったのもあるし、腕一本でどれだけ稼げるかチャレンジしてみたい、という気持ちもあった。

 小尾さんはこのころの自分を振り返って、次のように語る。

 「当時の私は、いつも“外部環境のせい”にして会社を辞めていました。『開発体制のせいで思うように働けない』とか『社内政治でプロジェクトが頓挫した』とか。このままでは、次に転職してもきっと同じことの繰り返しだと感じました。リスクを取らない状態は良くない、そう思い、フリーランスになりました」

 そんなある日、小尾さんにちょっと変わった話が舞い込んだ。

 「花屋さんを手伝ってくれないか」――この出会いが、今のビジネスに結び付くことになる。

 そこは少し特殊な花屋だった。歌舞伎町のど真ん中に店舗があり、夜のお店で働く人たちを相手に商売をしていた。小尾さんが依頼されたのは、営業支援アプリの制作だった。

 小尾さんはまず、営業マンに密着して花屋の商売を観察した。すると、紙とペンで情報を管理していることが分かった。さらに、営業とバックヤード部門との連携にも改善の余地があることが見えてきた。

 「キャバクラやホストクラブの人たちは年に何回か誕生日があり、花やバルーンを飾ったりシャンパンタワーを入れたりして盛大に祝います」

 そこで小尾さんは、タブレットで情報管理するアプリを作った。過去の履歴を参照し、外部サイトの情報も取り込み、(1年に数度ある)誕生日を事前に把握できるようにした。

 アプリを導入した結果、誕生日イベントが近いお客さまに積極的に営業をかけられるようになり、花屋の売り上げは1.5~2倍と大幅に伸びた。

●路上に消えた2000万円(400円×5万本)の花

 営業アプリの成功を見て、新しい花屋を作ろうという話が立ち上がる。「花屋の世界はアナログなので、IT技術でレバレッジを効かせようという発想」だったそうだ。

 この新事業のために、歌舞伎町の花屋の代表、西山祐介さんは新会社「Goal」を設立した。六本木に店舗を出し、小尾さんはGoalに役員として参加した。

 六本木店のキャッチフレーズは、「花を売らない花屋」だった。「お客さまが望んでいるのは花の種類ではなく、色味やラッピングやボリュームだ」という仮説を立て、花にまつわる“体験”を提供することにした。

 同時に、スマホアプリやソーシャルメディアと連携したキャンペーンを次々と打ち出した。小尾さんのITエンジニアとしての腕前と、西山さんの花屋の知識の両方を生かせる試みだが、なかなかうまくいかなかった。

 例えば「フリーフラワー」キャンペーン。ユーザーがソーシャルメディアで応募すると、抽選で花が当たるというものだ。宣伝のために繁華街でサンプルを配ると、人は集まり、話題にはなる。しかしそこから売り上げにつながらない。

 「1本400円の花を都合5万本ほど配りましたが、お客さまの獲得には至りませんでした」

●人生で初めて「諦めたくない」と思った

 赤字がかさみ、「もう店を閉じよう」という話が出始めた。

 今までの小尾さんだったら、「それも仕方がない」と受け入れたかもしれない。しかし、このときは違った。小尾さんは人生で初めて「諦めたくない」と思った。

 自分はエンジニアだからか構造的に考えるクセがある。だから、今までは見込みがないと分かったら、先に行くようにしてきた。しかしそれは、会社員という守られた、最終リスクを取らない立場だからこその甘えではなかっただろうか。今、自分は経営者だ。先が見えなくても、論理的ではなくても、踏ん張って、粘ってもいいのではないか――。

 ここで諦めてしまったら、転職を繰り返してきた今までの自分と何も変わらない。そう思った小尾さんは、「最後に1回だけ『∞ Labo』に応募させてほしい」と西山さんにお願いをした。

 これでうまくいかなければ最後にしよう。そう思いながらビジネスプランを作った。「最後だから大きな計画を立てよう」と、花業界が抱えている問題に立ち向かうビジョンを考えた。

 「花屋さんの労働は過酷です。朝6時から競りに参加して、昼は接客、夜は終電まで閉店処理をします。そこまでやって、給料は店長クラスで18~19万円。他にも業界構造的にさまざまな問題があります。このような状況を変える、問題を解決できるビジネスを作りたいと思いました」

 ∞ Laboの応募で最初に獲得したのは「立食パーティーに参加する権利」だった。

 「ずっとPCに向かって仕事をしてきた人間なので、パーティーは苦手でした。それでも勇気を振り絞って出かけて名刺交換をしたら、その方が『プラス』の執行役員(当時)の伊藤羊一さんの同僚の方で。その後、その方を通じて伊藤さんのオフィスで会えることになりました」

 小尾さんは伊藤さんに「花屋の業界構造を変えたい」と訴えた。そこでプレゼンの場が提供されることになった。

 「プレゼン会場は渋谷ヒカリエの34階でした。六本木の花屋は1階にあったので、『見上げるような場所に来たな』と思いました。業界のすごい人がたくさんいて、伊藤さんも表情が険しかった」

 緊張が解けぬまま、冒頭で触れた「足の震えが止まらなかった」5分間のプレゼンが終わった。「これで終わったな」と思った小尾さんは、部屋の外に出る。しかし、そこで「もう1回、話を聞きたい」と声を掛けられ、採択が告げられた。

 伊藤さんは後になって、「プレゼンした人の中で一番おびえていて、後がなさそうだから選んだ」と説明してくれたそうだ。

●“カタログ”ではなく“センス”を売る

 ∞Laboでは3カ月間、メンターから毎週のようにダメ出しを食らい続けた。

 「未熟だったビジネスプランの輪郭がはっきりしました。辛かったけど、いい経験ができました」

 小尾さんが考えたのは、花のギフトを贈るサービスだ。同様のサービスは既に各種あるが、根本の思想が違う。既存のサービスは「カタログ販売」であり、いつでもどこでも同じものを送れるのが売りだ。流通が今ほど発達していなかった時代には、東京で依頼した花束を北海道の花屋が作って北海道の受取人に届けるサービスは効率の良いものだった。

 しかし、実際に花屋で働いていた小尾さんにはこの構造の問題点が見えていた。カタログと全く同じものを作るために、花屋はいつ売れるか分からない花器や、複数の花を常にストックしなければならないのだ。使い切れない花器が倉庫にたまり、オーダーされなかった花はダメになる。旬の花よりもカタログ通りの花を使うことを優先させなければならないので、良いコンディションではない商品を作らざるを得ないこともある。カタログ販売でなければ、花屋の裁量で良いものが作れるにもかかわらず、だ。

 そこで小尾さんたちは、「カタログ」ではなく「センス」を売ろうと考えた。

 このサービスでお客さまが指定するのは「フラワーデザイナー」だ。値段や用途、雰囲気などを伝え、花の種類やデザインはお任せする。フラワーデザイナーは、良い花を安価に仕入れられるタイミングで、その花を生かしたデザインを提案できるので、コストとデザインに優れた価値を提供できるはずだと考えたのだ。

 「フラワーデザイナーは選び抜きました。テレビ番組『料理の鉄人』で料理人にスポットライトが当たったように、花のデザインが優れた人にスポットライトが当たる世界を作りたいと思いました」

 2015年1月27日、∞ Laboのデモデイに合わせて、新サービス「Sakaseru.jp」がローンチした。

●ひとりぼっちの再出発

 ところが、その後も順調とはいえなかった。新サービスの売り上げがなかなか立たず、一緒にやってきた西山さんが撤退を決意してしまう。

 ここでも小尾さんは、諦めなかった。

 「開発費を払うから独立させてほしい」と西山さんに頼み込み、西山さんが無償で事業を譲渡してくれることになった。

 2015年10月14日に株式会社「Sakaseru」を設立し、再出発した。一緒に歩んできた西山さんとは別々の道を進む形となったが、∞ Laboのメンター、伊藤さんがSakaseruに役員として参加してくれることになった。

 しかし事業は赤字が続く。ある事業会社から資本参加の打診があったが、先方の社内事情があり、話が流れてしまう。スタートアップ企業の経営者は、タイムリミットに常に追われている。資金を使い果たす前に新たな資金調達を成功させるか、それとも事業を黒字化させるか、どちらかだ。

 小尾さんは、1つの決断をした。

 もうエクイティ(株式発行による資金調達)や、デット(借り入れによる資金調達)に頼るのはやめよう──外部からの資金調達に頼らず、自力でビジネスを黒字化することに注力した。

 新たな商材は、会社移転などのときに贈る「祝い花」だ。

 「会社移転では胡蝶蘭を贈るのが定番ですが、みんな見慣れていて大きな感動はありません。そこで、同じ金額でもっと記憶に残る花を贈ることを提案しました」

 例えば、送り先の会社のイメージカラーやロゴデザインをあしらった花は印象に残る。圧倒的な美しさとユニークさで、Sakaseruの花は他との差別化を図った。

 他にも数々の工夫をした。普通の花屋は即日発送を避けるが、Sakaseruは即日発送の体制を整えた。また、どのような花を贈ったのかを依頼主が写真で確認できるようにもした。サービスはWebベースだが、勝負所となったのは、オフラインの知恵と行動力だった。

 祝い花のビジネスが成功し、Sakaseruは単月黒字化を達成した。

●「フラワーTech」で花業界をディスラプト(創造的破壊)したい

 Sakaseruは2016年に、ベンチャーファンドから資金調達に成功している。急成長を期待されるスタートアップの経営者として、小尾さんはさまざまな手を打っている最中だ。

 「まずチーム形成を目指します。小売りの流通量も増やします。B2Cを伸ばすために、幾つかの施策を仕込んでいます。大手企業とパートナーシップを結ぶことも視野に入れています」

 当面は顧客を増やすことに注力するが、将来的には「バリューチェーンの川上を狙いたい」と構想を話す。

 「花屋を経験して分かったのは、花業界の特殊性です。例えば、花市場が開くのは月水金だけだし、競りに参加できる買参権は取得ハードルがとても高い」

 バリューチェーンの川上、つまり花の仕入れを効率化できれば、ビジネスに協力してくれる花屋やフラワーデザイナーのメリットになり、お客さまの喜びにもつながる。小尾さんの試みは、もしかしたら花業界をディスラプト(創造的破壊)するかもしれない。

 小尾さんは今、Sakaseruの社長であり、唯一のプログラマーだ。ビジネスについて話す小尾さんは、エンジニア時代とはたぶん違う顔つきになっている。自分ではその違いをどう感じているのだろうか。

 「だいぶ変わったと思います。ITエンジニア時代は、自分の技術に自信を持っていたので、周囲への感謝や尊敬がそもそもありませんでした。でも今は、周囲の方々に感謝と尊敬の念を持って日々過ごしています」

 小尾さんは、今の心境をこう語る。

 「起業は怖いです。稼がなければ夢が終わってしまう。常にリスクがある。毎日、泥水を飲むような思いです。でも応援してくれている方々も、参画しているフラワーデザイナーも、Sakaseruに賭けてくださっている。自分が描いている未来像を実現したいと思います」

 サービスをローンチさせ、単月黒字化を果たし、資金調達にも成功した。スタートアップの創業経営者として、むしろこれからが正念場だ。小尾さんの冒険は、まだまだ続く。

最終更新:8/9(水) 6:10
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