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【尊厳ある介護(2)】 認知症の人は嘘を見抜いている

8/9(水) 12:04配信

ニュースソクラ

嘘で取り繕うと、信頼を失う

 山本幸雄(仮名、80)さんは、認知症になって昼夜が逆転し一晩中起きてお酒やおやつを飲食されます。そのため、夜はヘルパーさんと家族が交代で山本さんの部屋に泊まり、昼間はデイサービス(日帰り送迎付きで施設に通い、食事や入浴、機能訓練などのサービスの提供を受けることができる)を利用することとなりました。

 しかし、山本さんはデイサービスに行くのを嫌がられます。朝迎えに行くと、ヘルパーさんが泊まった翌朝は特に不機嫌で、なかなかデイサービスの車に乗ってくれないのです。家族の時は、しぶしぶ出かけられますが、やっと施設に来られても「帰りたい」を連発されます。

 ある日いつものように山本さんが、「早く家に帰してくれ。母親が病気なので心配だ。側にいてやらないと」とスタッフを呼び止めて言われました。もちろん、とうの昔に母親は、亡くなられています。

 スタッフは「それは心配ですね。お母さんの病状を電話して聞いてみますね」と言って電話をかけに行くふりをしてその場から離れました。そして、戻って来て「お母さんは、お元気でしたよ。私のことは、心配しないでデイサービスでゆっくりして帰りなさい。と言われましたよ」と山本さんに伝えました。

 いつもならば、「そうか」と言って一旦帰宅願望が収まることもあったのですが、その時に限って「母親は、もうこの世にはおらん。ここの職員は嘘をつくのか。職員教育がなっとらん」と激怒されました。私たちスタッフは、信頼を失ったのです。

 その後、山本さんの帰宅願望は、ますます強まり、ことあるごとに「ここの職員は、信用ならん」と語気を強めて言われ続けました。山本さんは、自分から母親が病気だと言っておきながら、一方では、母親がすでに亡くなっているということを認識されていたのです。

 認知症の人は、時と場所や人が分からなくなる見当識障害があらわれる場合があります。山本さんは過去に戻ったり、覚醒して今を生きていたりしているのです。

 17~18年前まだ認知症を痴呆と言っていた時代、私たちは、帰宅願望の強い人に内線電話で家族のふりをして「施設にいてください」と説得していたこともあります。認知症の人は、家族の声が分からないと甘くみていたのです。

 今でもこのような対応をしている施設もあるそうですが。家族が介護疲れが出ないよう、デイサービスにいてもらうためには嘘をつくのは仕方なかったのです。恥ずかしいことですが、当時の私たちの認知症の人への理解と対応方法はその程度だったのです。

 山本さんのことがあって私は、認知症の人に対して理由は何であったとしても、嘘をついたりごまかしたりしないと決心しました。一旦信頼を失うとその後の関わりに支障をきたすと身に染みて分かったからです。

 山本さんは、初めは嫌がられていましたが、悪性の腫瘍が見つかるまでの8年近くデイサービスを利用されました。家に帰りたいといわれた場合は、「帰りたいのですね」と言って、まずはその気持ちに共感を示し、帰りたい気持ちの背景を傾聴するようにしました。そんな取り組みが功を奏したのでしょう、時間はかかりましたが、少しずつ信頼関係は回復されたのです。

 認知症がだんだん進行し、会話は難しくなりましたが、以前のような「帰りたい」はなくなり、代わりに「ありがとう」を言われるようになりました。その眼差しも、全てを見抜いてありのままを受け入れている慈愛に満ちたものになっていきました。

   ◇     ◇     ◇

 介護現場での事例を、ご紹介することで、介護の質を高めるために、介護する側がどの様に高齢者の方々に接し、問題の根源を突き止めようとしているか、お伝えしたいと思います。結果的に、介護するものにとって、高齢者の人格を理解することの重要性に通じます。そして、一般にコミュニケーションが難しいとされがちな認知症の方々とも、こころの通い合う交流を続けられることがお分かり頂けたらと思っております。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。今年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設予定。

最終更新:8/9(水) 12:04
ニュースソクラ