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長友佑都×池田純 後編「翌年にJ入りする選手が多数の大学サッカー、見に行く価値は十分」

8/9(水) 17:00配信

VICTORY

明治大学を卒業後、プロのサッカー選手となり、現在はイタリアの名門インテルで活躍する長友佑都選手。横浜DeNAベイスターズの社長を退き、明治大学スポーツアドミニストレーターなど複数の役職をこなす池田純氏。2人にこれからの大学におけるスポーツ、教育について対談をしていただいた。後編では、池田氏が横浜スタジアムを観客で埋めた方法や現在の大学サッカーについても話が及んだ。

すり寄っていくことで見に来てくれる人は増える

長友 池田さんがベイスターズに最初に入られたときって、どういう風に改善していったというか、変えていかれたのですか? もちろん、いろいろなことがあったと思うんですけど。

池田 まずはビジョンですよね。僕が社長になった当初、横浜スタジアムのスタンドはガラガラだったんです。お客さんがいないから選手はミスをしてもあまり気にならない空気があった。自分たちは弱いチームだと思い込んで、劣等感の塊みたいになっていました。だから、試合に負けても『仕方がないよね』という雰囲気があった。一方で、お客さんがいないから経営も成り立っていない。でも、選手のプレーのレベルを上げるのはすぐにできることではありません。僕が一番得意なのは、経営です。強くするのはまずは経営でした。ベイスターズでは、リーダーでトップで社長だったので、「絶対に満員にするから」「満員のところでプレーできるようにするから」って選手たちに約束したのが最初です。最初は「絶対にできないよ」って言われたんですが、僕は「必ず満員にしてあげるから」と言い続けてさまざまな改革をしていったら、年々ものすごく観客数が増えていきました。そうすると、選手たちも意識が変わって来ますよね。

長友 それはどうやって変えていったんですか? 満員にするために何をしたんですか?

池田 基本的には楽しくすることです。あとはヨーロッパのサッカークラブでもよくある地域密着ですね。Jリーグも地域密着を掲げていますが、本当に地域の駅を降りた瞬間に「あのチームの駅だ」と感じるところは、まだまだ少ない。ヨーロッパだと駅を降りたら、その町がそのチームの町になっています。でも、日本はまだそうなっている街は、ほとんどありません。ベイスターズも関内駅の目の前にスタジアムはあるけれど、ベイスターズ感を感じられるものは、それだけだったんです。関内には中華街などいろいろあるのですが、野球を見たい人はコンクリートの閉ざされた世界の中に、お金を払って入っていかないといけませんでした。まず、そこを変えなければいけませんでした。最初は試合結果だけでもいいから、なんでもいいからベイスターズに触れてもらう。そのために、私たちベイスターズ自らどんどん街中に出ていったんです。2000万円かけて大型ビジョンを買ってビアガーデンつくって無料で野球を見てもらったり、駅のホームに前日の試合結果を掲示してもらったり、ベイスターズのロゴが入ったマンホールを何千万円もかけて買い、市に寄贈して、すべてのマンホールを変えたりと、ベイスターズのある街づくりをやったんです。そうしたら、街全体がベイスターズの町になっていったんです。

長友 変わるんですね。

池田 変わります。

長友 それで人々の意識が変わるということですか?

池田 やっぱり「ファンになれ!」と押し付けて言ってもなってくれないじゃないですか。自分からすりよっていかないとなってくれません。多分、長友さんはファンに対する意識が高いと思うんですよ。放っておいて「すげープレーするから、あとはみんなファンになってくれ」と、凄いプレーでファンが増えることもありますが、やっぱりある程度はファンに対して、優しさや姿勢が必要です。よく選手に言っていたのは、「サインを断るんであれば、断ってもいい。でも、サインを書くのであれば、一瞬でいいから目をみてニコってしてあげなさい」ということです。プロスポーツも、ちょっとずつお客さんにすりよっていかないといけません。偉そうにしていると思われると、ファンは本質的には増えないんです。
 これは大学スポーツも同じだと思うんです。今年、明治大のサッカー部の開幕戦を見に行ったのですが、スタンドは空席が目立ちました。多少、動員はあったと思うのですが、例えばリバティータワーのホールで壮行会をやるとか、みんなにサインを書いてあげるとか、ちょっとすり寄っていけば、ファンは確実に増えていくんです。

――長友選手が大学生のときは、そういう壮行会とか、一般の学生と関わりをもつことはありましたか?

長友 壮行会は、僕らのときもなかったですね。ほとんど一般の学生と触れ合うことはなかったです。

――でも、実際に大学の看板を背負ってプレーしているわけじゃないですか。大学サッカーをやっていた頃を振り返って、もっとこうだったらよかったなと思うことはありませんか。

長友 やっぱり、もっと人がいっぱいいるところでサッカーをやりたいというのは、ずっと思っていました。言ったらもう対戦相手の応援団とサッカー部の応援団、明治だったら明治のサッカー部の応援団しかいなかった。あとはチラホラいるくらいで、寂しいなっていうのは正直ありましたよね。

池田 見られると、圧倒的に意識が変わるじゃないですか?

長友 はい。それは間違いないですね。一回、ビラ配りみたいなことをしたんです。集中応援みたいなのがあって、ビラ配りを頑張ってやりました。そのとき、やっぱりお客さんが結構増えたんです。学生も見に来てくれたので、モチベーションが上がりましたよね。モチベーションが上がったら勝率も上がってきますし……。そのときのことは覚えていますね。人が入っていたし、楽しかったっていう。

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最終更新:8/10(木) 10:24
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