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SUPER GT勝率5割のニスモ柿元氏、「結果が全ての覚悟」と「天“知”人」

8/10(木) 9:10配信

MONOist

 2017年7月6~7日に都内で開催された、CAE・CFDカンファレンス「STAR Japanese Conference 2017」(主催:シーメンスPLMソフトウェア)でニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(ニスモ)の柿元邦彦氏が登壇した。レーシングカー開発に約50年間携わってきた同氏だが、2004~2015年の11年間はSUPER GT日産系チーム総監督を務め、全12戦中6勝、つまり勝率5割という実績を作り上げた人物だ。

 今回、柿元氏が講演タイトルとして掲げたのは、「天・知・人」。過酷な自動車レースで勝つための3要素を同氏がまとめた言葉だ。これは孟子が言った、戦に勝つための3要素、「天時不如地利 地利不如人和」(天の時、地の利、人の和)を基にした考えだという。柿元氏の場合、「地」を「知」と言い換えていて、「天の時、“知”の利、人の和」(天“知”人)としている。知は、すなわち「技術」のことを示している。

 柿元氏は、時間もコストも非常に限られる中で「勝ち続ける」という成果を出すため、不眠不休の悪戦苦闘を強いられるカーレースの世界が「まるでブラック企業のよう」と比喩する。約50年の間、厳しく過酷な戦いを経ながら、「天の時、知の利、人の和」という考えに至ったのだという。

●人の記憶と技術「知の利」

 自動車メーカーがなぜ、カーレースに参加するのか。その理由の1つが、「ブランド力向上」だ。カーレースを通して、「自社の車両がいかに高性能で素晴らしいか」を世界中にいる人にアピールしていく。それを「記憶に残る結果が求められる世界、つまり1番でなければ意味がない世界」と柿元氏は表現する。「1番になれなければ意味がない世界。オリンピックでも金メダルの選手が一番記憶に残り、銀メダルや銅メダルの選手は、自国の選手などでない限りは記憶に非常に残りづらい」(柿元氏)。

 レースで一番を取るためには、「クルマを速くする技術」が必要であり、「クルマを速くする技術で肝になるのは空気」だと柿元氏は言う。まず、空気に含まれる酸素を燃やし、エンジンの馬力を出すこと、つまり「いかにエンジンにたくさんの空気(酸素)を取り込むかが大事」ということを挙げた。次が、「走行時の風圧をいかにいなすか」。速度の二乗で増えていく空気の圧力を減らしながら直線走行のスピードを上げる。さらにエアロパーツや床下形状を工夫して、車両が受ける空気の圧力を下向きに持ってきて(ダウンフォースを得て)コーナーを速く曲がる。さらには、走行により発生する余計な熱エネルギーを外に放出することだ。ブレーキングにより発生する熱や、エンジン燃焼に使われなかった熱をいかに外へ逃がすか。余計な熱を車内に溜めてしまえば、エンジンやブレーキなどでトラブルを起こす恐れが出てくる。「空気をいかに制するかが、レーシングカーを速くする技術である」(柿元氏)。

 カーレースにおいては、多くの人々に“悪い記憶”を強く残す場合もある。柿元氏は、1999年のル・マン24時間レース(ル・マン)で3回も起きたという「メルセデス・ベンツ・CLR」の事故の例を挙げた。最初の事故では、CLRが下り坂になっていたコーナーを走行している際、車体のフロント部が突如ぶわっと浮き上がって、そのまま15mほど宙を飛んだ後に、落下した(エアボーン・クラッシュ)。「その時の最高速度は時速360kmくらいにまで達して、旅客機の離陸速度も超えていた」と柿元氏は説明する。原因は走行中に車両の床下に気流がどっと回り込んでしまったこと。つまり走行時の風圧をうまくいなせる空力設計になっていなかったというわけだ。ドライバーのマーク・ウェバー氏は負傷して病院に搬送はされたものの無事で、人としてもドライバーとしても生命を奪われることはなかった。しかしCLRの信頼性は損なわれ、メルセデス・ベンツはル・マンから撤退することになった。

 この例では幸いにして人命が奪われることはなかったのだが、カーレースのドライバーの死亡事故は過去に幾度か起こっている。たとえ死亡することはなくても、半身不随といった生活に深刻な支障を来すほど負傷を追うこともある。カーレースは非常に危険な世界だ。「クルマを速くする技術」の前に、「ドライバーの安全確保の技術が第一」と柿元氏は述べる。「コックピットの強度を十分に確保する必要がある。中の人が衝撃を受けても、それを吸収できるほどに性能を高めなければならない(生存空間の確保および衝撃吸収性能)。併せて防火耐火性能も高めている」。

 特に、守らなければならないのはドライバーの頭部(首)だ。「HANS」(Head and Neck Support)の登場により、「首を損傷する事故はだいぶ減っている」と柿元氏は述べていた。「例えば20Gの力でクラッシュすれば、25kgの頭が500kgの重みを持つことになる」(柿元氏)。車両が高速で衝突すると、強い慣性が働いてドライバーが前のめりになり、首が前方に伸びてしまう。それでハンドル部に頭を打ち付けたり、首を損傷してしまったりなどが起こり得る。HANSは、ヘルメットと首に巻いたサポーターを固定することで、衝突時にドライバーの首が伸びないように保護する仕組みだ。その他、ヘルメット、靴、手袋、スーツには全て耐火性能を備えるなど、さまざまな装備を用いてドライバーの安全を守っている。

●魔物が引いたスイッチ「天の時」

 勝負事には「天の時」が左右する。「何事も運の影響はあるものだが、勝負事では特に影響が大きい」と柿元氏は言う。さらにカーレースは屋外で行われるため気候の影響も受ける。レース当日の天候を正確に読むことは不可能で、路面がどのような条件になるのかは、まさに運に左右される要素が大きい。タイヤのグリップ性能は天候に顕著に左右され、タイヤ選定が明暗を分けることもある。

 運に大きく左右された例として、同氏はSUPER GTとスポーツランドSUGOに関するエピソードを紹介した。SUPER GTの報道では、よく「菅生(SUGO)には魔物が住む」といわれてきた。国内トップクラスのカーレースが多数開催されるスポーツランドSUGOだが、なぜかSUPER GTの開催に限って“あり得ない”ハプニングがよく発生するというのだ。

 柿元氏は、2010年にSUGOで開催したSUPER GT(GT500クラス)で発生した、まさに“あり得ない”出来事を紹介した。ポールポジションでスタートしトップを走っていたMOTUL AUTECH GT-Rが74周目にして突然エンジンストップし、60秒ほどロスして再スタートを切ったものの第6位まで転落してゴールしたという出来事だ。走行中に、なぜか勝手にカットオフスイッチ(キルスイッチ)が引かれて車両の電源が落ちてしまったことがエンジンストップの原因だった。

 車両クラッシュ時にはまず電源を切ってショートを防ぎ、火災に発展させないようにする。カットオフスイッチは緊急時に外側から車両の電源を切断するための機構で、何かしらの事情でドライバー自身で電源オフできない場合、レスキューが外から電源を操作するために設置されている。カーレースではレギュレーションでカットオフスイッチの設置が義務付けられている。またカットオフスイッチは容易に操作ができないよう、押しボタン式ではなくてワイヤを引き上げて操作するもので、かつ、結構固い。

 しかも、そんなスイッチを引いた犯人が、「小さなタイヤの破片」であった。前を走行していた車両の後輪が、路面から跳ね上げたものだった。車内に設置したカメラの映像記録からそれが判明したのだという。しかし、小さなタイヤの破片をいくらうまく飛ばそうとしても、固いカットオフスイッチを引き上げるほどの力は、通常想定し得る条件をいくら考慮しても発生しようがない。「よほど角度が良かったのだろう……」と柿元氏は言う。それはまさに奇跡というか、“魔物の所業”としか言いようがないアンラッキーだった。

●個性派メンバーのやる気と知見を引き出す「人の和」

 トップクラスのカーレースでは、富士スピードウェイのコース1周4.563kmを100秒くらいで走り、その中で0.1秒単位の差を競う。つまり、0.1%単位の誤差範囲の世界で戦っているということになる。またホイールアライメントにおいては、「たった1mmや0.02度の違いで、アンダーステアになるかのかニュートラルになるのかが決まってしまう」と柿元氏は言う。

 このようにカーレースでは、通常の生活では誤差と片付けられてしまうような、極めて微小な数字の差を競っている。そんな中、「勘、コツ、その場合わせ」が大事な領域になり、かつ技術を深堀していかなければならないと柿元氏は述べる。技術を深堀していくためには、徹底して分業していく。さらに、「カーレースの世界では個性が強い人が多く、そのような人たちの力をうまく1つに結集させることはなかなか難しい」と柿元氏は述べる。

 「技術の知見は非常に大事で不可欠。徹底した分業制であるがゆえにチームワークがより必要、つまり全体として力を発揮する必要がある」(柿元氏)。

 ニスモがカーレースに参戦するためには、日産自動車 代表取締役 社長兼CEOのカルロス・ゴーン氏からゴーサインが出なければならない。またゴーン氏の思想について、「納得のいく、利益至上主義」と柿元氏は表現する。ゴーン氏は、グローバル企業における多様な価値観をまとめる中、数字を共通言語としている。考え方の違いから誤解が生じないよう、ビジネスプランは徹底して数字で表現する。

 「数字とはすなわち、利益」(柿元氏)であり、ニスモに対しても当然、結果、つまり「勝つこと」を厳しく要求してくるという。ただしゴーン氏は「いかなる時も絶対に勝て」と強いるのではなく、「チャンスが来たら勝て」と言ってくる。「表彰台に登壇するチャンスが来たら、確実にそこに乗れ」と。「レースの現状を正確に踏まえた考え方なので、われわれもやる気が出る。ゴーンさんは自分たちのことをよく理解してくれているから、『何とかしよう』と思える」と柿元氏は述べる。

 「天の時」を無視して利益を厳しく追求してしまえば、当然、人はそこについてこない。リーダーがメンバーの納得のいく方針や目標を提示することで、皆のやる気を強く促していくことも、「人の和」を作る大切な要素であるというわけだ。「勝率5割の実績を出せたのには、皆がやる気になれたこともあったと思う」(柿元氏)。

●「結果が全てという覚悟」と、人の気持ちへの配慮

 柿元氏は、「夢を持って、『こうしたい』『こうありたい』と思わなければ何も始まらない。頭の中に、自分の望む姿や夢を描くことが大事」だと言う。しかし、現実の社会ではそうしていても、自分が強く望んだ環境や仕事に縁がないこともある。

 柿元氏は2008~2011年の間、東海大学で工学部教授を務めていた。その中で学生の就職活動の指導にも当たっていた。リーマンショック後の経済不況真っただ中であり、就職活動に苦戦していた当時の学生によくしたアドバイスがあったという。

「たとえやりたい仕事に就けなくても、とにかく、今自分がやるべき仕事をしっかりやりなさい。誰かが必ず見ているから」

「与えられた仕事、足元の仕事をしっかりやりなさい。それで必ず道が開けるから。自分がやりたい仕事ができるから」

 実際、卒業し就職していった学生の中には、「言われた通りにやっていたら、本当に、やりたい仕事ができた」と連絡をくれる人がいるという。また、「今やるべきことをやることが大事」という姿勢の大切さは、世の中の方々で語られていると柿元氏は述べる。

 そしてリーダーとなる側は、「現実を踏まえ、皆のやる気の出る目標を与えること」「足元の仕事をしっかりやりながら成長している部下が望む姿を実現してあげること」が大事であると柿元氏は言う。

 柿元氏はその考えがまさに「適材適所」であって、会社においてもカーレースにおいても、そうしていかないと結果が出せないと考えているという。

 「結果が全てという覚悟」が大事で、「一生懸命やってきた」というプロセスはその次であると柿元氏は言う。しかし、決してプロセスが「大事ではない」ということではなく、あくまで優先順位の話。「結果が全て」だからと、敗者への配慮がなければ、人は育たず、技術の進歩もないとも述べる。かといって、人は放っておけば、情に偏重した考え方になり、気持ちに迷いも生じる。「迷いが生じることは、結果を出している人に失礼と思わねばならない」(柿元氏)。そういったことのバランスを取る意味において、「結果が全てという覚悟を持つこと」が必要であると、柿元氏は本講演を締めた。

最終更新:8/10(木) 20:58
MONOist

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