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レシピ本「歴メシ!」を重版に導いたのは「FGO」だった

8/10(木) 11:04配信

ITmedia ビジネスオンライン

 著者も担当編集者も全く予想していなかった売れ方をしている本がある。古代メソポタミアや古代ローマなど、はるか遠くの時代で食べられていた料理を再現する歴史料理レシピ本「歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる」(柏書房)だ。

【古代メソポタミアではこんな料理が食べられていた】

 柏書房は1970年に創立された人文書系の出版社。普段は歴史関係の専門書や翻訳書、歴史史料の復刻版などを主に刊行している。お堅いイメージのあるこの版元が「歴メシ!」を発売したのは7月のこと。するとSNSを中心に大きな反響があり、想定以上の初動に。発売1週間で「これでは足りなくなってしまう」と判断し、急きょ重版を決定した。

 「想定外の重版の大きな原因になったのは、スマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order(FGO)』のユーザーでした」――そう語るのは、「歴メシ!」担当編集者の竹田純さんだ。

 15年夏にリリースした「FGO」は、累計900万ダウンロードを突破した人気RPG。セールスランキングでも何度も1位を獲得している。歴史上の偉人や神話の登場人物たちとともに戦い世界を救う物語で、ゲームメーカーTYPE-MOONによる「Fate」シリーズの中の1作だ。

 「Fate」シリーズは04年発売のPCゲーム「Fate/stay night」から始まっており、現在は続編やスピンオフ作品などをマルチメディア展開している。「FGO」はシリーズのオールスター的作品で、キャラクターやストーリーの魅力が支持されて人気を博している。

 「FGO」ユーザーと「歴メシ!」に、いったいどんな関係があったのか。そもそも「歴メシ!」はどのような経緯で生まれたのか。「FGO」ユーザーからの支持を予想できなかったのはなぜなのか。竹田さんにとことん聞いた。

●“お堅い出版社が出すやわらかい本”という挑戦

――「歴メシ!」が生まれた経緯について教えてください。柏書房はもう少し堅めの本を出す出版社というイメージがありました。

 正直レシピ本を出す会社ではありません。柏書房は、歴史を中心にした人文書、レファレンス、資料集などを多く出している出版社です。「公共図書館や大学図書館で出版社名を見たことがある」という方が多いのではないでしょうか。営業も一般書店よりも大学を回っていることが多いです。

 ですが、どんどん大学の予算が縮小し、特に人文系が厳しい状況になってきたために、今のままの方針では立ち行かなくなるのではという危惧が生まれてきた。そこで未来への投資として、会社のカラーは生かしつつも、もう少しやわらかい本も出す挑戦を始めたんです。僕は16年11月に転職してきて、やわらかい本を中心に企画を出していくことになりました。何かいい企画がないかと探している時に、「歴メシ!」著者となる遠藤雅司さんを知りました。

――遠藤さんは今回が初の著書になります。どういう出会いだったのでしょうか?

 遠藤さんは普段は普通の会社員なのですが、歴史好きが高じて13年から週末に歴史料理を作るオフ会「音食紀行」を定期的に開催していました。世界の歴史料理を文献などから読み解いてレシピ化し、紹介しながら参加者にふるまうイベントです。4年間で50回くらい開催していて、多い時には70人、平均すると15~25人が集まっている。ネット上でよく話題になっていて気になっていて、一度参加してみることにしました。

 僕は歴史にそこまで詳しいわけではないですが、料理という入り口から歴史をひもといていくのは非常に面白いだろうと思っていました。また、こうした欧米世界の歴史料理を取り上げたレシピ本はあまり前例がなかったので、出す価値があるだろうとも。「おいしかったら声をかけよう」と決意してイベントに参加して、遠藤さんの歴史料理を食べてみたら、すごくおいしかったんです。そこでお声がけし一緒に本を作っていくことに。僕も遠藤さんも書籍を出すのは初めてなので、手探りで作り上げていきました。

――企画段階での想定ターゲットはどういった層だったのでしょうか。

 遠藤さんのイベントに参加している方や、参加したいと思っている方をターゲットにしていました。30~40代女性が中心ですね。参加者の目的を聞くと、「各時代や国にまつわるエンタメ作品のファンで、その世界をもっと知りたいと思った」という方が多かった。例えば「Axis powers ヘタリア」「ベルサイユのばら」「レ・ミゼラブル」などの作品ファンの方々です。実は「FGOが好きでイベントに来ました」という声もあったのですが、この段階ではそれほど目を向けていませんでした。

●きっかけは「太陽神のパワー」

――こうして発売した「歴メシ!」は、発売1週間で重版がかかります。このスピードは予想していたのでしょうか。

 全く予想していなかったです。「きっとこの本はロングテールで読まれる本になるだろう」という予想から、初版部数は4500部。大手の出版社では少ないかもしれませんが、柏書房にとってはかなり挑戦している数字です。ところがそれが、発売1週間で3000部の重版をかけることができました。

――その要因となったのが「FGO」。いつ「FGO」効果に気付きましたか?

 7月24日に発売して、予想より良い出だしでした。遠藤さんの4年間の活動は料理好きや歴史好きの人から注目を集めていて、最初に狙っていた読者に着実にリーチしていました。ここからどうやって売り伸ばしていこうか……と考えていた矢先、「FGO」効果の予兆を感じるようになりました。発売4日目の27日、くまざわ書店大船店のTwitterアカウントで「これを食べ続ければ血肉の成分も偉人に近づき、即ちこれ究極のコスプレといえるのではないか」と紹介されて、「お?」と。そして一番大きかったのは「太陽神のパワー」です。

――太陽神のパワー?

 太陽神YOK(よこお)さんというTwitterユーザーさんが、27日に「歴メシ!」について詳しく紹介しつつ、「特にFateGOとかやってる方なんかは割と気になるラインアップが揃ってると思います」とツイートしてくれたんです。それが一気に7000回リツイートされて、ネット書店の在庫が急に動きました。柏書房はAmazon.comなどのネット書店にはあまり卸していないのもあり、品切れになってしまうところも……。「これは重版しないと品切れになってしまうかもしれない」と、入って1年目の担当営業と顔を見合わせました。

――話題になっているのに品切れになると、大きな機会損失になってしまいます。

 そうなんです。でも、うちの会社は「FGO」を僕と担当営業以外誰も知りませんでしたし、2人ともまだ会社の中では下っ端なので、すぐさま「重版しましょう!」とは言いづらく……週末に紀伊國屋などの大型書店で大きな数字が出て、重版の材料ができました。「FGOっていうすごく人気のゲームがあって、世界中の偉人が登場するんですよ。そのゲームのファンの人も買ってくれているんです」と営業が説得したのもあり、重版が決定。朝日新聞と読売新聞にも広告を打つことにもなり、名実ともに会社として期待を寄せる本になりました。

――そもそも、作り手側は「FGO」をどれくらい知っていたんでしょうか? 目次を見ると、ギルガメシュ(「Fate」ではギルガメッシュ)、カエサル、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マリー・アントワネットと、8章中4章が「FGO」に登場する偉人を扱った章になっています。意識はしていなかったのでしょうか。

 それが、本当に意識せず重なっていたんですよ。著者の遠藤さんは全く知らず、僕と営業は「知ってはいるけどプレイしたことはない」レベル。カメラマンだけは実際にプレイしていたのですが、仕事の時はほとんどその話はしなかったですね。

●ネットでの盛り上がりを、いかに実売につなげるか

――想定していなかった支持で、売り方や見せ方の変化はありますか?

 当初「歴メシ!」は、料理本や歴史本のコーナーに置かれることを想定していましたが、マンガ・ゲーム・アニメのコーナーに置いてくれる書店が増えました。アニメイトやとらのあなといったアニメ・マンガ系に特化した書店が弊社の本を取り扱ってくれたのも、これまでにほとんど前例がないことです。現在は営業から書店に「アニメ・ゲーム関連のコーナーに置くのもオススメです」と伝えたり、「FGO」のプレイヤー向けに販促POPを作ったりもしています。

 今はどの出版社も、「どうすればネットでの話題を実書店での売れ行きにつなげることができるのか?」と頭を悩ませています。ネットでの盛り上がりだけで終わってしまうこともある。ただ、“売れている”ということ自体が一番の広告になりますから、それを足掛かりにしてたくさんの方に届けていきたいです。

――「歴メシ!」のように、ゲーム・アニメファンの影響で売り上げを伸ばした本は他にもあるのでしょうか。

 他社になりますが、例えば筑摩書房「ギルガメシュ叙事詩」は、「FGO」でギルガメッシュが登場したり、ギルガメッシュがメインになるストーリーが配信されたりすると、大きく売り上げが伸びているようですね。

 また、河出書房新社「家庭で作れるロシア料理」も面白い例です。2006年に発売されたレシピ本ですが、発売から11年後の17年8月に重版が決定しています。

 河出書房の公式Twitterを見ると、16年冬に放送したアニメ「ユーリ!!! on ICE」の影響があるとのこと。「ユーリ」はフィギュアスケートの選手たちを描いた作品で、ロシアのトップフィギュアスケーター、ヴィクトル・ニキフォロフがメインキャラクターとして登場します。担当者も「ユーリ」に詳しく、きちんと作品ファンやキャラクターファンにアピールしていた。その効果で、じわじわと売り伸ばすことができ、ついに重版が決まったようです。

●「歴メシ!」は「食の特異点」に飛べる本

――ちなみに、竹田さんは「FGO」をプレイし始めたりはしないのでしょうか。

 「歴メシ!」を読んでくれた「FGO」プレイヤーのみなさんの感想ツイートを読んでいたら、どんどん興味が出てきました。「歴メシ!」購入者の動機やよかったポイントを知らずして、さらに売り伸ばすことはできません。本屋に並んでいた「マンガで分かる!FGO」というマンガも読んでみたんですがよく分からなくて……やはりプレイするしかないだろうと決意し、つい先日始めてみました。

――おお! 実は私も「FGO」プレイヤーなのですが、ゲームの感想をお聞きしたいです。

 どんどんキャラが好きになるように作られているゲームですね。史実を踏まえながらも、「IF」を描くような遊びがあって、ストーリーを追えば追うほどキャラクターを知りたくなる。「この魅力的な偉人たちは、当時どんなものを食べていたんだろう?」という興味が湧いてくるし、「彼らの食に関するエピソードを知りたい」「同じ食事を食べてみたい」と思って「歴メシ!」に手を伸ばしてくれるのだろうなと感じました。実際「あのキャラの食事を作ってみた」という写真をSNSに投稿している読者もいます。

――ストーリーはどうでしょうか?

 最も面白いと感じたのは、「特異点」という設定ですね。「FGO」のストーリーは、人類が発展してきた上で重要な時代に異変が起き、本来ならありえない「特異点」になってしまったために、それぞれの時代にタイムトリップ(レイシフト)して解決していくというもの。この特異点という考え方は、食の歴史と非常に親和性が高いなと。

 欧米の食の歴史をたどっていくと、明らかに大きな変化が起こる時があります。例えば「歴メシ!」で取り上げているフランス革命は、フランスの食生活を大きく変えました。それまでフランスの飲食店は「ギルド制」を敷いていて、A店では酒だけ、B店では肉だけ……など、特定の食べ物しか出せませんでした。ところが革命によってギルド制が崩れたので、いろいろなものを提供することができるようになりました。さらに貴族に仕えていた宮廷料理人が亡命するか下野するかを迫られ、下野した料理人によってレストラン文化が花開いたのです。これはいわば「食の特異点」ですよね。

――なるほど。「FGO」での「人類に大きな影響を与えた時代」と、「歴メシ!」での「食文化に大きな変化があった時代」が似ているということですね。

 食文化というものは、外部との接触か内部での大きな変化によって大きく変わります。そういう大きなうねりがある時代には、有名な偉人や個性豊かなストーリーが生まれやすい。「この時代の偉人たちは、こういう料理を食べて英気を養っていたんだな」と想像を膨らませながら、「歴メシ!」を読んで“食の特異点にレイシフト”していただきたいです。

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