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中国の存在感が高まるASEANと、日本はどう向き合う?

8/11(金) 21:20配信

投信1

1967年8月8日は、バンコク宣言によりASEAN(東南アジア諸国連合)が発足した日です。今週、ASEANは50周年を迎えました。

日本でも、7月31日、外務省と国土交通省がASEAN地域における「質の高いインフラ投資」の推進やASEAN諸国とのさらなる関係強化に向けて、ASEAN加盟国在京大使等を対象に日本の「質の高いインフラ」を紹介する「シティツアー」を開催しました。

これを機会に、本稿ではASEANの過去と未来について考えてみたいと思います。

設立目的は共産主義に対する防波堤

ASEANは、東南アジアの友好と経済発展、政治的安定を目的として設立された東南アジア初の地域協力機構(本部:ジャカルタ)です。

原加盟国はタイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシアの5か国です。その後、1984年にブルネイが加盟し、加盟国が順次増加して、現在はベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアを含む10か国で構成されています。

ちなみに、「東南アジア=ASEAN」というイメージがありますが、東南アジアでは東ティモールは唯一ASEANに加盟していません。

最も重要な設立目的は、政治的結束の強化と域外国との対話強化です。つまり、設立当時は米国とソ連による冷戦で世界が二分されていた時代ですので、ASEANは米国を中心とする自由主義国に属する原加盟国が旧ソ連を中心とする社会主義国家であるベトナムやラオスに対する防波堤として形成されたものなのです。

1980年代~90年代、政治から経済へ

東西冷戦が落ち着いてきた1980年代から1990年代にかけて、ASEANは政治的な結びつきと言うよりも経済的な結びつきへと変化しました。

まず1980年代、投資・貿易の自由化、輸出指向の開放的経済政策の推進によってシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア等を中心に急速な経済発展を遂げ、ASEANは「世界の成長センター」と呼ばれました。高い経済成長によって世界で最も成功している地域協力機構の一つとも言われました。

1993年には、AFTA(ASEAN自由貿易地域)という自由貿易協定が結ばれ、ASEAN域内で生産されたすべての産品にかかる関税障壁を取り除くことになりました。

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最終更新:8/11(金) 21:20
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