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野良猫の写真を「汚い」と一蹴されたことも 岩合光昭さんが振り返る写真家人生

8/11(金) 10:00配信

sippo

 1974年、動物写真家の父とともに初めて南極での撮影に臨んだ。氷山やペンギンの構図、光の方向……。頭には完璧な写真があった。10代から多くの作品に触れ、「自分なら」と考えてきた。「若くて血気盛んですから。自信はありました」

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 観光客とゴムボートで上陸し、滞在時間は1時間ほど。頭に描いた場面は現れない。青く写るはずの氷山は、曇ると冷蔵庫の氷のように。動物は思うように動かない。

 いつもボートで一緒になったのが、ツアーのPR映像を撮っていたドイツ人カメラマン、フランツ・ラッツィだった。ラウンジでお茶をした時、意外な言葉を投げかけられた。

「100%を望むな」

 意表を突かれた。ペンギンを撮影していた時には、「そんなに怖い顔をするな。ペンギンだって怖がってしまうじゃないか」とも言われた。

「ハッとしました。その時の僕は、ペンギンの気持ちなんて考えていなかった」。「100%」は自分で考えた完璧な写真像。それにとらわれ、目の前の被写体をよく見て考えてはいなかった。以来、対象をもっと見るようにはなったが、「100%」の呪縛はつきまとった。

◆訪れた転機

 8年後、妻子とアフリカ・セレンゲティ国立公園に移住した。狙いはライオンの狩り。撮れない日々が続いたある日、車が故障し、機材を残して38キロを歩いて帰った。

 翌日、車を回収しに行く途中で川沿いのキリンが目に入った。アカシアのとげをものともせず、無心に葉を食べる姿。カメラもなく、ただ見つめるために車を止めた。その時、ラッツィの言葉が浮かんだ。「これが彼の言ったことだったんだ、と」

 ライオンだけを追うのをやめた。朝出会った動物を1日見続け、輝く瞬間があればシャッターを切る。こうして撮ったライオン親子の写真が、日本人初の「ナショナル・ジオグラフィック」の表紙になった。

 近年は猫の撮影に大半を費やす。駆け出しの頃、野良猫の写真を「汚い猫」と編集者に一蹴された。「今思うと汚く写っていたのでしょう。輝く瞬間を撮りきれてなかったのかな」。今や写真展は大盛況だ。身近で最も魅力的な猫。その味方を増やすため、「もっともっと輝く瞬間を捉えたいですね」。

sippo(朝日新聞社)

最終更新:8/11(金) 10:49
sippo