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細野豪志議員が離党の理由を詳しく説明!なぜこのタイミングだった?

8/11(金) 20:17配信

ホウドウキョク

今月8日に、民進党に離党届を出した細野豪志衆院議員。2000年に衆院選で初当選して以来、環境大臣、民主党幹事長などを歴任、東日本大震災では内閣府特命担当大臣として原発事故の対応までした細野議員は、なぜ離党することになったのか。

民進党はどうなるのか…?

NewsPicks佐々木編集長がその理由を詳しく聞き出す。

きっかけは2年前の安保法制国会

佐々木:
2年間悩まれたと会見で言っていましたが、2年悩んだ上でどうしてこのタイミングだったんですか?

細野:
2年間は諦めずになんとか頑張ろうと思ったんですが、きっかけは2年前の安保法制の国会なんです。あの時に政府案になり、安倍政権は問題だという事になった。それは私もそう思ったんです。ただその一方で北朝鮮の脅威もあるからそこはやはりきっちり対応出来るような案を出したかったんですけど、出せなかったんですよね。

その後、民主党から民進党になって、そこで現実的な政策をやるんだという思いがあったんですが、私の中でズレが生じていました。それでもやはり諦められないからいくつかのチャレンジをしたんです。

例えば憲法について、蓮舫さんが代表になるときにしっかり憲法は出すべきだと、そして共産党との協力というのはこれはやめるべきだということをはっきり言ったんで、そういう形で努力はしてきたんですがなかなか実現できなかったんです。そろそろやっぱり判断のしどきかなと思ってこのタイミングでした。

なかなか難しいのはすべての政策がみんな一致することはないじゃないですか。常にそのジレンマはあるんですよね。ただ個人の信念でどうしても譲れないところで党と考え方が違う場合は取るべき方法は2つしかない。一つは信念を曲げて党にとどまる。もう一つは党を出て新しい政治勢力を結集する、これしかないので、もう一つは後者を選択したということなんですけど。

憲法は、護憲か改憲かという議論は意味がない

佐々木:
なんで今の民進党はここまでバラバラなんですか?今回細野さんが離党したのも安倍一強に対する対抗軸を作りたいということだったと思うんですけど、何故民進党はそうなれなかったんでしょうか?

細野:
色々な事を乗り越えて政権までたどり着いたんですけど、やはりベースとする部分の違いがあったのは拭えないと思います。

例えば憲法は護憲か改憲かという議論はほとんど意味がないと思うんですよ。どういう憲法ならいいかという議論を始めるべきなんですけど、なかなかそこまで辿りつかなかったんです。さらに、安保法制反対というところでとどまっていては駄目だというのは、私は多くのみなさんが感じていたことだと思うんですけど、私のような考えの人間もいるし、そうではない人もいた。いろんな政治的な背景とかこれまで歩んできた道とかそういうところの違いがあったというのが言えるかもしれませんね。

ですからマイナーな政策の違いとか法案の色々な対応と言うのはしょっちゅうあったんですけど、根本的なところでやはりひとつでやっていくというのは難しいということになったと思うんですね。

佐々木:
何故離党する時に1人だったんですか?色々仲間を引き連れたりはしなかったんですか?

細野:
やはり友達が少なかったんでしょうね(笑)。

実は結構一緒にやるかとか、このタイミングならという人はいたんですけど、私はもう腹は決まっていたし、前からこの時期にという風に思っていたので、これまでの政治の世界の考え方としてはレアなのかもしれないですけど、本当にこれが正しいと思ったら一人でも行くというのも考え方じゃないかと思いまして。

そして旗を掲げて、こっちでみんなやらないかという呼びかけはしようと思っています。ですから独りよがりの形で終わろうとは思っていないんです。その旗を立てることをまずはやってみようという話ですね。

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最終更新:8/11(金) 20:24
ホウドウキョク