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[特集/挑戦する日本人フットボーラー 2]厚い信頼を得て、さらなる成長を目指すリーダーたち

8/11(金) 17:01配信

theWORLD(ザ・ワールド)

チャンスを生かし続けキャプテンマークを巻いた3人

長谷部誠、吉田麻也、酒井高徳。この3選手には共通点がいくつかある。ひとつは、2016―17シーズン現地メディアなどから高く評価されたこと(もちろん、長谷部は3月の負傷で離脱してしまったし、酒井もなんとか残留を果したという結果には満足していないだろう)。ふたつ目は3人が所属クラブでキャプテンを務めたこと。そして、3つ目はドイツ語や英語に堪能なことだ。

まずは彼らの2016―17シーズンを振り返ってみよう。

2007年にドイツへ渡り10シーズン目を迎えた長谷部は、2016年3月にニコ・コヴァチ監督就任後、スタメンに定着する。それ以前はサイドバックなどでの出場が多かったが、コヴァチ監督のもとでは本職のポジションでその力を発揮し、入れ替え戦に勝利して1部残留を決める。そして、迎えた新シーズンでは、10月 28日のボルシアMG戦以降、リベロに抜擢されると、チームは6試合負けなし(3勝3分)で上位に食い込む好成績を残し、欧州の大会出場権を狙える位置をキープしていた。3月6 日には奥寺康彦氏の持つブンデスリーガ出場記録を抜き、日本人最多の235試合出場を記録した。しかし、3月12日バイエルン戦で、ゴールポストに激突し、負傷。6針を縫った挫傷した左すねだけではなく、右膝を痛め内視鏡による手術を行う。長谷部不在のフランクフルトはその後順位を落としている。

2012年夏にサウサンプトンへ移籍した吉田のプレミアリーグ5シーズン目は、それまで同様にベンチメンバーとしてスタートし、先発起用はリーグカップのみという時間が続いた。豊富な資金を持つプレミアリーグのクラブでは、ベンチ要員に適した選手を抱えることがある。出場機会がわずかであっても、熱心に練習に取り組み、モチベーションを下げず、急な出番に備えて心身共に準備ができる選手だ。サウサンプトンにとって、吉田もまたそういう選手のひとりだったと考えられる。

出場機会がわずかであっても、クラブからの高い評価や信頼度は揺らぐことはなかった。しかし、吉田がそういう自身の立場に甘んじているわけではない。だからこそ、彼のもとに大きなチャンスが訪れた。12月18日のボーンマス戦で先発すると、それ以降、その座を守り続けた(ベンチに追いやられた主将のジョゼ・フォンテは 1月に移籍している)。4月29日には プレミアリーグ出場100試合をマークし、5月13日の試合ではキャプテンも務めた。ベンチ要員であっても、高い向上心とともに成長し続けたことを証明した吉田は、クラブの年間表彰式で会長賞を受賞している。

毎シーズン残留争いをしながら、一度も降格を経験したことがないハンブルガーSVも、2016-17シーズンは、その歴史をとだえさせるのではないかと思われた。酒井高徳がリーグ最年少キャプテンに指名された11月20日以降、3勝2分1敗で前半戦を終え、後半戦も6勝2分4 敗と浮上したものの、4月の残留争い直接対決では1分3敗。1-1で 終えたシャルケ戦では、終了間際に追いつくも、その後のセットプレーであわや失点。ここで負けていれば 、最終節を待たずに降格が決まっていた。しかし、そのゴールが認められず、命拾いした。そして迎えた最終節を2-1の逆転で勝利し、残留を決めた。試合後の酒井は人目もはばからずに号泣している。「プレイの出来不出来ではなく、とにかく勝つという気持ちで挑んだ試合だったから」と、後日その理由を明かしてくれた。

9月に就任したマルクス・ギスドル 監督は、チームのムードを変えるべく、酒井をキャプテンに指名した。練習へ取り組む熱心な態度やチームのためにという誠意溢れる行動、そしてなにより、周囲の選手たちから厚い信頼を得ている人間として酒井を選んだという。「彼が何かを発するとき、誰もが耳を傾ける」という監督の言葉が伝えられている。

ドイツ人の母を持つ酒井だが、2012年にドイツへ渡った当初、ドイツ語が流暢というわけではなかった。それでも、月日が経つにしたがい、ドイツ語を習得し、試合後には現地メディアの取材にも難なく応じている。それは長谷部や吉田も同様だ。海外でプレイするうえで語学力の高さは必須条件と言われるが、必ずしもそういうことばかりではない。それでも、守備の選手にとって、言葉の壁は文字通り大きな壁となるだろう。

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