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きょう日航機墜落32年 震災遺族と絆…「言葉いらない」

8/12(土) 7:55配信

産経新聞

 乗客乗員520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故は、12日で発生から32年となった。長い年月が過ぎる中で、事故の遺族らと、各地でその後に起きた別の事故や災害の遺族との交流も生まれている。東日本大震災で家族4人を失い、語り部を続ける陸上自衛官、佐々木清和さん(50)=山形県東根市=もその一人だ。「家族を失った思い、安全な社会への願いは同じ」。三十三回忌の日、佐々木さんは墜落現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)に登る。(川畑仁志)

 ◆出会いは講演会

 「長女は生きていれば20歳。だけど、14歳のまま時は止まっている」。佐々木さんは5日、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の津波復興祈念資料館「閖上の記憶」で来館者に語りかけた。

 妻、りつ子さん=当時(42)=と長女の和海(かずみ)さん=同(14)、義父母の4人を津波で失った。震災の語り部を始めたのは平成27年6月。当初は「『かわいそうな人がいる』と話を聞いてもらえばいい」という思いだった。

 だが、8カ月後の28年2月、墜落事故で次男の健君=同(9)=を亡くした美谷島邦子さん(70)=東京都大田区=の講演を同資料館で聴き、「視線を上げ、前に進むきっかけ」をもらった。美谷島さんは淡々とした口調だったが、健君への深い愛情が心に響いた。会話を通じて他人の悲しみを受け入れる広さも感じた。「30年の重みなんだな」。佐々木さんはその後の語り部活動で、命の大切さなども伝えるようになった。

 2人は現在も手紙などでやりとりを続ける。佐々木さんは昨年8月、御巣鷹の尾根に初めて登った。現場がいかに大切にされているかは、手入れが行き届いた墓標や山道が示していた。「自分たちにとっての閖上の資料館や慰霊碑と同じ」だった。

 佐々木さんは「美谷島さんとつらい思いを直接話し合うわけではないが、きっと通じている。心の支えで、気持ちを楽にさせてくれる存在だ」と話す。12日は追悼慰霊式にも出席する予定だ。「三十三回忌は一つの区切り。あの時間に、あの場所にいたい」という。

 ◆明日を生きる力

 美谷島さんも思いは同じだ。「互いに、明日を生きるための力になっているんだろうと思う」。美谷島さんは墜落事故の遺族でつくる「8・12連絡会」の事務局長を務める。墜落事故だけでなく、以降に発生した事故や災害で生まれた遺族の悲しむ時間も「少しでも短くなればいい」との思いを抱いている。

 「私と佐々木さんが涙を流したのは違う場所と時間だけど、つながることができる。大切な人を亡くした涙はそういうもの。言葉はいらない」

最終更新:8/12(土) 8:13
産経新聞