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慰霊の園で32周年慰霊式 事故未経験者が語り継ぎ風化防ぐ

8/13(日) 12:59配信

Aviation Wire

 日本航空123便墜落事故で乗客乗員520人が亡くなり、32年が経った8月12日夜、墜落現場となった群馬県多野郡上野村の追悼施設「慰霊の園」で、32周年追悼慰霊式が開かれた。遺族や上野村村民、群馬県など地元自治体や国土交通省航空局(JCAB)、植木義晴社長ら日本航空(JAL/JL、9201)の関係者が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

【献花し犠牲者の冥福を祈るJALの植木社長】

 関係者が献花した後、慰霊の園には犠牲者の数と同じ520本のろうそくに、火がともされた。羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録番号JA8119)が墜落した午後6時56分を迎えると、参列者が黙祷(もくとう)をささげた。

 慰霊の園は村民有志が土地を提供し、村やJALによる公益財団法人・慰霊の園が1986年8月1日に開設した慰霊施設。持ち主がわからない遺品や事故記録などが展示されている展示棟は、1987年に完成した。

 追悼慰霊式で慰霊の園理事長の黒澤八郎・上野村村長は、30年以上が過ぎた今、事故の風化を防ぎ、次の世代につなぐことを誓った。

 JALの安全統括管理者で、運航本部長を務めるパイロット出身の進俊則専務は、「安全について、世界の最先端を学びながら変わっていかなければならない。社員の94%が事故後に入社したり、生まれた者なので、これからは徐々に事故を経験していない社員が新入社員に伝承していかなければならない」と述べ、事故を経験していない社員同士が伝えていくという、30年以上経過したことによる課題を重視した。

 進専務は現在の取り組みとして、「慰霊登山は新入社員や新人の管理職は必ずやっている。(羽田の)安全啓発センターはのべ20万人が訪れ、半分が社員で残りは安全に関わる企業など外部の方々。充実させながら、安全について発信していきたい」と語った。

 また、「半年に一度、事故に当時関わった方の講演会を開いているが、映像を残しながら後生に伝えたい」と今後の取り組みに触れた。

 12日は33回忌の節目とあり、墜落現場の御巣鷹山を多くの遺族や関係者らが慰霊登山に訪れ、救出活動時にヘリポートが造成された尾根にある「昇魂之碑」を参拝し、「鎮魂の鐘」を鳴らしていた。午後4時の時点で、過去3番目に多い97家族359人が御巣鷹山を訪れた。過去最多は、30年目を迎えた2015年の106家族406人、2番目は20年目の2005年の103家族405人だった。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:8/13(日) 13:00
Aviation Wire