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森重樹一(ZIGGY) 自分が何をやっているかってことは作品が証明してくれるもの/インタビュー1

8/13(日) 15:30配信

エキサイトミュージック

 
■森重樹一(ZIGGY)/『ZIGGY SINGLE COLLECTION』インタビュー前編(1/2)

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1987年にメジャーデビューを果たしたZIGGY。その歴史は山あり谷あり活動停滞期間ありの波乱万丈なものだったと言えるが、首謀者であるヴォーカリストの森重樹一は現在、80年代や90年代にはこのバンドに名を連ねたことのなかったミュージシャンたちと共にZIGGYという名義での活動を実践している。そんな彼の今後の動向も気になるところだが、同時にデビュー30周年を迎えている今は、このバンドの過去を振り返るのにも良いタイミングだと言える。ちょうど去る8月9日には、ZIGGYが2003年までに発表してきた全シングル(大人の事情でこのバンド名を掲げられず、SNAKE HIP SHAKESを名乗っていた時代をも含む)をカップリング曲共々完全網羅した3枚組CD『ZIGGY SINGLE COLLECTION』もリリースされたばかりだ。インタビュー前編にあたる今回は、この作品集と、シングルという作品形態についての彼自身の考えを改めて訊いてみたい。
(取材・文/増田勇一)

昔から“敷居は低く、間口は広く”でいいと思ってきた

――過去にもZIGGYのベストアルバムというのはありましたけど、今回のような完全網羅型のシングルコレクションというのは初ですよね?

森重:うん。しかもカップリング曲がすべて入っているというのが大きいですよね。変な話、自分がリリースしてきたものはどれも持っているんだけども、奥のほうにしまい込んであったりとかして、すぐに引っ張り出すことは困難だったりするわけですよ。しかも俺は、自分の曲をすべてデータ化していつでも取り出しやすいようにしているような人間でもない(笑)。そこでたとえば、たまには「MIDNIGHT TRIPPER」(『SING MY SONG』のカップリング曲)をライブでやりたいな、なんてことになった時、このCDでさっと聴けるわけですよ。だから当時を懐かしんで聴いてくれる人たちもいるはずだけど、俺個人にとっても非常に便利であるというか(笑)。ホントは歌詞カードの文字がもうちょっと大きいとさらに好都合なんだけどね。さすがに年齢的に、小さな文字は読みづらくなってきているんで(笑)。

――いきなり生々しい話が(笑)。しかし実際、さまざまな姿かたちをしたカップリング曲が挟み込まれていることで、いわゆるヒット曲集とは印象が異なっています。

森重:そうですね。今もタイトルを挙げた「MIDNIGHT TRIPPER」なんかはまさにカップリングのために書き下ろした曲だし、そういうアルバム未収録曲というのは時期を問わずかなりあるわけです。そういう曲をこの場で初めて聴くことになる人たちもいるだろうし、興味深く感じてもらえるんじゃないかなと思う。

――カップリング曲だからこそ可能なこと、というのもあるわけですよね。音楽的に振り切ったアプローチがしやすかったり。

森重:アルバムに入れようとする時は全体のバランスを意識しながらその曲というものを見ることになるわけだけども、シングルのカップリングの場合は、表題曲との対比だけが成立すればいい。だからアルバムとは違った感覚で曲作りができるというのもあるかもしれないですね。コンセプトとかを踏まえなくていいというか。もちろんコンセプチュアルな作品というのも素敵なんだけども、むしろフットワークの軽さみたいなものが意外といい結果を生んだりすることがあるじゃないですか。ZIGGYみたいなバンドの場合は特に、そういうことが起こりやすいと思うんです。冒険しやすい場でもあるし、次にやってみたいことを実験するのに好都合な場でもある。

――ええ。そういった意味でかつてhideさんは“サブリミナル曲”なんて言い方をしていたりもしました。

森重:そういうことがしやすくなるわけですよね。同時にシングルというのは単価が安いから、まだアルバムを買うほどの興味はない、という人たちにも手に取りやすいものであるわけじゃないですか。そういう人たちに楽しんでもらえるもの、という考え方をしたこともあったと思う。俺自身、子供時代はなかなかアルバムなんか買えなかったわけで、最初はドーナツ盤のシングルを買ってましたからね。しかも洋楽の場合、シングルというのはかなり日本独自の企画性のあるものだったというか、アルバムとはまるで関連性のないジャケットだったりすることが多かったじゃないですか。初めて見る写真がジャケットに使われていて、邦題がデカデカと印刷されていたり(笑)。ああいうのもカッコいいものとして映ったわけですよ、少年時代の自分の目には。

――つまり森重さん自身、そもそもシングルというものに抵抗がなかったわけですね?

森重:全然なかった。自分自身がシングル盤のユーザーだったわけで、洋楽に目覚める以前は歌謡曲のシングルを買っていたわけだし。好きになったヒット曲が聴きたくてシングルを手に入れてみたら、思いがけない曲がB面に入っていて驚かされた、みたいなこともあったしね。同時に俺自身、べつに“アルバム・アーティストでござい”みたいな意識はないわけですよ。そういうところで変に自分たちで敷居を上げていくようなところは、そもそもZIGGYにはなかった。むしろそれをいかに下げるかってことに一生懸命取り組んできたバンドだと思う。もちろん作品はきちんと作って発表したいし、きちんと聴いてもらいたい。だけどそこで自ら敷居を上げたり入口を狭めたりするようなことは止めようよ、というのがバンド内の共通認識としてあったと思う。特に戸城(憲夫/デビュー当時からのベーシスト。現在はTHE SLUT BANKSで活動)君と2人になってからはね。正直、そこであんまり無理しなくて良かったなと思ってます。変な話、今の自分は“30年以上もやってきたロックの人”として見られるわけで、なんかもっと重厚な感じに見てもらえるようじゃないとマズいんじゃないかと思わされたりすることもあるんです。でも、そんなイメージを維持することが職務的な義務なんだとしたら俺には耐えられないし、とっとと辞めていただろうと思う。

――もちろん森重さんにはある種の重厚さも伴っていますが、同時にフットワークの軽さもある。つまり、意識的にベテランの風格みたいなものを醸し出そうとしなくてもいいんじゃないか、ということですよね?

森重:そうそう。自分が何をやっているかってことは作品が証明してくれるものだと思うし、そこで自らの口であれこれ説明するのは意味がないと思うんです。本人がその名前に対して何かを背負いすぎたり、気負いすぎたりすることになると大変なことになるし。

――看板が重くなり過ぎて、それに自分自身が縛られるようになってしまう。

森重:そういうことです。なにしろ俺は、お客さんが2人しか入らなかったような頃からZIGGYをやってきたわけで、自分がどんなバンドで何をやってきたかというのをよくわかっているつもりでいるわけです。自分が何者か、というのをね。そんな自分としては昔から“敷居は低く、間口は広く”でいいと思ってきたから。