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【自慢させろ!我が高校】県立済々黌高校(下)

8/13(日) 7:55配信

産経新聞

 ■今に生きる「三綱領」、郁々と伸ばしリーダー育成

 正門前の桜並木を抜け、校内に入ると、ロータリー右側に佐々友房(さっさ・ともふさ)(1854~1906)の胸像がある。内閣安全保障室の初代室長を務めた佐々淳行氏(86)は孫にあたる。

 熊本藩士の家に生まれた友房は明治維新後も、武士の生き方を守ろうとした。西南戦争(明治10年)では、西郷隆盛の率いる薩軍に加わり、重傷を負った末、官軍に捕えられた。

 獄中で友房は「この先は、青年の教育こそが急務だ」と考えたという。出獄後の明治12年、同志数十人と「同心学舎」を開校した。同じ熊本の県立名門校「熊本高校」も、この流れをくむ。

 友房は知・徳・体のバランスの取れた人材育成に、こだわった。明治15年、済々黌を起こした。

 友房が中央政界に進出した後は、井芹経平(いせり・つねひら)(1865~1926)が学校運営を担った。井芹は明治30年、済々黌の校長(黌長)となる。33歳だった。

 その3年後、県立の中学済々黌となる。その前後で熊本各地に済々黌の分校ができた。現在の八代高校、天草高校などにつながる。

 井芹は大正2年、正門そばに、一本のヒマラヤ杉を植えた。卒業生がインドから持ち帰り、学校に寄贈したという。

 「この杉は生命力も旺盛だ。諸君もこの杉のごとく、郁々(いくいく)と伸びてもらいたい」。井芹は、こう生徒に訓示したと伝わる。

 佐々友房が学校の「生みの親」なら、井芹は「育ての親」だった。

 井芹にはこんなエピソードもある。

 日露戦争(明治37年)で海軍を率い、日本海海戦で勝利に導いた東郷平八郎の長男、彪(ひょう)が済々黌に通っていた。

 勝利を記念した東京湾での観艦式にあたり、東郷は長男に臨時帰宅を促した。

 東京に行こうとした彪を、井芹はとがめた。

 「観艦式だろうと、学校欠席の理由にはならない。学生は学業にいそしめば、それでよいのだ」

 日本軍の英雄にも、こびない態度だった。

 また、井芹は「東郷さん、息子さんは百姓(ひゃくしょう)をさせるのが一番よいなあ」と言ったこともあるという。

 この言葉に影響されたのか、彪は東京高等農学校を経て、農商務省で働いた。

 済々黌高校の生徒や教諭は今も、友房や井芹の墓参りをする。今年は80人が参加した。

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 済々黌には、建学の精神を条文にした「三綱領」がある。

 一、倫理を正し、大義を明らかにする

 一、廉恥(れんち)を重んじ、元気をふるう

 一、知識を磨き、文明を進む

 皇學館大文学部の田浦雅徳教授(63)=昭和47年卒=は「教室の真正面に、三綱領の額が飾られたていた。柔軟に解釈でき、人生の指針にできる珠玉の言葉だった。誇りに思う」と話した。

 衆院熊本1区選出の自民党の木原稔衆院議員(47)=昭和63年卒=も同じような思いを抱く。

 「物事の判断に困ったときは、『三綱領に照らしてどうなのか?』という物差しで選択する。決して間違えない」

 木原さんが16歳の誕生日を迎えた昭和60年8月12日。群馬県の御巣鷹(おすたか)の尾根で、日航機墜落事故が起きた。

 墜落したJAL123便の副操縦士、佐々木祐さん=当時(38)=は、済々黌出身だった。

 事故後、機長とともに、最後まで懸命に飛行機を立て直そうとした様子が、報道された。その苦境を想像し、胸が苦しくなった。

 木原さんも大学卒業後、日本航空に入社した。毎年夏、御巣鷹山に慰霊登山し、手を合わせた。

 日航には、済々黌の卒業生でつくる「済航会」があった。同様の会はあちこちにある。その数は1千を下らない。

 卒業生のつながりの強さを物語るように、日航では熊本発ハワイ行きのジャンボ機を、乗務員も乗客もすべて済々黌出身者でチャーターしたことがあった。「済々黌伝説のフライト」といわれる。

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 卒業生の済々黌への思いは強い。

 昭和59年、校門に向かう坂道に同窓生会館「多士会館」ができた。

 会館には、部活動を終えた生徒が自習できるよう、週末も午後9時まで開放している。定期試験前には、1日に200人もやって来るという。

 卒業生の尽力で、平成9年には歴史資料館ができた。散逸していた済々黌に関する掛け軸や書物を集めた。東郷平八郎が揮毫(きごう)した「至大至剛」の額もある。

 お笑いコンビ「くりぃむしちゅー」の上田晋也さん(47)と有田哲平さん(46)は平成元年に卒業した。有田さんはテレビのクイズ番組で得た賞金で、約310冊の本を寄贈した。図書館には「有田文庫」ができた。

 済々黌は校名の由来通り、人材を輩出してきた。現在は、世界で活躍できるリーダー育成に、力を注ぐ。

 平成26年度、スーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定された。生徒は、オーストラリアなど海外で、現地の政策を学び、英語での討論会も開く。

 竹下文則校長(57)は「誰に指示されたわけでもなく、生徒は部活動ごとに朝から掃除をする。主体的に動く人材を育て、応援するのが済々黌です。SGHの教育もその延長にあります」と語った。

 三綱領は、確かに息づいている。(九州総局 村上智博)

最終更新:8/13(日) 7:55
産経新聞