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「だらしない」怒られ続けた2年4カ月 応援団長で挽回

8/13(日) 18:52配信

朝日新聞デジタル

(13日、高校野球 三本松9―4下関国際)

 「だらしない」と言われ、怒られ続けた2年4カ月だった。

【写真】人一倍大きな動きでアルプス席を盛り上げる下関国際の応援団長の田中達也

 下関国際は第1志望じゃなかった。「どうせオレなんて……」。授業の提出物をサボったり、野球部の遠征のバスで禁止されている居眠りをしたり。「楽な方へばかり流され、責任なんて考えなかった」

 仲間は見捨てなかった。「自分たちの問題は、自分たちでクリアする」のが部のルール。同学年の河原は提出物ができるまで練習に行かずに待ってくれた。走るのが苦手で、冬恒例の制限時間走でタイムオーバーになりそうになると、先にゴールした福永が手を引っ張ってくれた。

 恩返しがしたいと思っていた。2年の冬、部費のたしにと仲間と近くの漁港でアルバイトした。重さ20キロの積み荷を朝9時から夕方まで運び続ける。力仕事なら得意だ。会社の人から「仕事が早いね」と褒められ、気づいた。「自分にできることをやりきることが大事」。それからの練習の準備と片付けは、誰よりも早く取りかかった。山口大会前にメンバーを外れたが、坂原監督から応援団長を任された。

 実は、関西にきてからもバスで居眠りをしてしまった。悪い癖は直っていないけれど、挽回(ばんかい)のすべは心得ている。この日、負けたけどアルプス席で人一倍声を張りあげた。試合後のインタビュールームでは、泣きじゃくる仲間をよそに、一心不乱に道具を片付けた。

 「僕に与えられた仕事なんで」。声を詰まらせながら、でも堂々と言った。責任感を覚えた夏だった。(小俣勇貴)

朝日新聞社