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<阿部2000安打>「掛布のようになれ」父と刻んだ偉業

8/13(日) 21:35配信

毎日新聞

 プロ野球、巨人の阿部慎之助内野手(38)が13日、マツダスタジアムでの広島戦の九回に右前打を放ち、史上49人目の通算2000安打を達成した。名実とも超一流となった阿部選手が「僕のことを一番長く見ているコーチ」と語る存在が、捕手として社会人でもプレーした父東司(とうじ)さん(62)だ。野球との出合いから間近で見守り続けてきた東司さんは「(通算2000安打達成は)並大抵のことではない。たいしたもんだ」としみじみと喜びに浸った。

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 東司さんは千葉・習志野高2年の夏に甲子園出場。同級生には後に阪神の主軸として活躍する掛布雅之さん(62)がいた。3年時、掛布さんが3番、東司さんが4番を打ち、プロからも注目されていた。その後、中大を経て電電東京(現NTT東日本)でプレー。1978年第49回都市対抗野球大会に出場している。

 阿部選手は東司さんの影響で物心がつく前からボールとグラブを持って遊んだ。「私の役目は野球を好きにさせただけ」と東司さん。ボールをキャッチした時には「すげえ」、落とすと「惜しい」とだけ声をかけながら野球の楽しさを教えていった。

 左の強打者が誕生したのは小学2年生のときだ。阿部選手の右目の視力が一時的に悪化したとき、当時は右打ちだった息子に、東司さんが「掛布だって左だから、左で打ってみろよ」と声をかけた。東司さんは、右打者は右目で投球を見極めると考えたからだ。すると、阿部選手は左打席で快音を響かせた。「じゃあこれで行くか、って」。阿部選手が掛布さんと同じ左打者に転向した瞬間だった。

 偉業達成の原動力について、東司さんは「野球に対して真摯(しんし)な姿勢があり、助言を素直に聞き入れられるから」と言う。打つ際、右肩の開きを抑えるために小さい頃から練習で「飽きずに逆方向に打てよ」と繰り返し、阿部選手も教えを忠実に守ってきた。プロ入り後も気づいたことはすぐ伝える。東司さんは「投手と対戦するのはあいつだから」と息子をたたえるだけだが、阿部選手は「よーく見ている」と感謝。この日の試合後、2000安打目を打った記念のボールについて「子供たちに触らせた後に、父親にあげたい」と語った。

 阿部選手は今後、さらなる記録の上積みに挑む。「もうやめたいって思うまでやれよ」と東司さん。息子の活躍を見守る父の日々は続く。【細谷拓海】

 ◇「可愛い子供だった」掛布雅之2軍監督

 阿部の父東司(とうじ)さん(62)の同級生で、千葉・習志野高でともに甲子園に出場した掛布雅之・阪神2軍監督は「大きな勲章。胸を張っていい」と祝福した。小学生だった阿部を「可愛い子供だった」と懐かしみ、「球界を代表する捕手になり、巨人の4番を打ち、チームを優勝させ、『阿部の巨人』と原監督(当時)に言わせた」と称賛。「まだ通過点であってほしい」とエールを送った。

最終更新:8/13(日) 22:51
毎日新聞

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