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<阿部2000安打>向上心が生んだ強さ 恩師ら、口そろえ

8/13(日) 21:43配信

毎日新聞

 2001年の開幕戦。阿部はプロ初打席で適時二塁打を放って2000安打への道のりを歩み始めた。だが、安田学園高(東京)時代の監督、中根康高さん(58)は「正直、入学時点では阿部よりいい選手はいっぱい見てきた」と振り返る。

 突出していたのは志の高さ。全体練習後の自主練習を終えるのは常に最後だった。午後11時ごろまで続くこともしばしばで「いいかげんに帰れ」と声を掛けたこともあった。豊富な練習量でミートの巧みさにスイングスピードが加わり、飛距離は飛躍的に向上。専用球場の外野ネットを2メートル高くしても打球が軽々と越えるようになり、フリー打撃では金属製バットの使用を禁止したほどだった。

 中大3、4年時に指導した清水達也監督(53)は雨の日に室内練習場で約1時間半、速いテンポでマシン相手に打ち込んでいた阿部の姿を覚えている。「社会人でもきついが、振り続けてもスイングがぶれない。強さを感じた」。全日本候補選手としてプロのキャンプに参加すると、練習方法をチームに持ち帰って取り組んでいたといい、清水さんは「吸収しようという向上心が強いんでしょう」と振り返った。

 高校3年春から見続け、入団時の担当だった巨人の中村和久元チーフスカウト(69)は「練習前にベンチに道具をきれいに並べて、一番にグラウンドに走っていく。そういう姿勢が印象に残っている」という。野球と真摯(しんし)に向き合い、ひたむきに練習に取り組んできた末にたどり着いた大記録だった。【細谷拓海】

最終更新:8/13(日) 22:14
毎日新聞

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