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「幼な子われらに生まれ」 即興演出で追い込まれた浅野忠信の鳥肌ものの演技とは

8/13(日) 10:43配信

産経新聞

【聞きたい!映画】

 作家の重松清(54)の同名小説の映画化「幼な子われらに生まれ」(8月26日公開)は、再婚した一家が、妻の妊娠を機に崩壊の危機に陥る過程を描いた作品だ。追い詰められ、心が折れてしまった後に再起する父親を浅野忠信(43)が迫真の演技で表現。その裏には、「繕い裁つ人」の三島有紀子監督による徹底した即興演出の存在があった。

■“駄目な人”を描く

 信は、奈苗(田中麗奈)とバツイチ同士で再婚。彼女の連れ子である2人の娘と幸福に暮らしていた。しかし、奈苗の妊娠を機に長女、薫(南沙良)が信を嫌悪し始め、「本当の父に会いたい」と主張。奈苗は前夫、沢田(宮藤官九郎)の暴力が原因で離婚していたため、信は反対するが、薫は彼を他人呼ばわりし…。

 三島監督が脚本家、荒井晴彦のシナリオを映画化。「“正解”を持っていると思っているのに、見つけられずにもがく駄目な人たちを描きたかった」と話す。

 信は残業を断り、ケーキを買って帰るような“良き父親”だったが、奈苗の妊娠で思春期の薫は傷つき、「こんな人、家族じゃない」と言い出す。さらに、信は左遷され、倉庫勤務に。彼は自分にもたれかかるばかりの奈苗に、ついに「別れよう。このまま堕ろして別れればいい」と言い放ってしまう。善良でいようと努力した男の心が、へし折れた音が聞こえるようなつらい場面だ。

 「あの瞬間に信は崩壊した。撮影の前は浅野さんに声もかけず、困惑させ、いらだたせる方向に持っていった。あそこですべての感情を噴出してもらいました」

 三島監督は、計画的に浅野を追い込んでいったのだ。

■浅野さんは必ず反応する

 もともとNHKで「NHKスペシャル」などのドキュメンタリー番組を企画、監督していた三島は、脚本を読み込んだ上で即興性を重視する演出で浅野を徹底的に追い込んだ。

 「浅野さんは仕掛けると必ず反応してくれる」と三島監督。

 「たとえば、競艇場の場面で沢田役の宮藤さんが、浅野さんのポケットに船券を入れるという脚本にない芝居をいきなりしても、浅野さんは『負けたんですか?』とアドリブで反応する。必ず芝居を拾って動いてくれるんです」

 三島監督は、浅野には指示を与えず、薫役の南や次女役の新井美羽らと議論して念入りに役作りをした上で浅野にぶつけ、「その“化学反応”を撮っていった」という。このため、事態を改善しようと努力しながら追い込まれていく信の苦悩には、演技を超えたリアリティーが感じられる。

 中でも浅野の力量に三島監督がうならされたシーンがある。

 前半で、信は前妻の友佳(寺島しのぶ)から、「昔からよ。理由は聞くくせに、気持ちは聞かないの、あなたって」と言われる。信にとって、罪の意識としてわだかまっている重要な言葉だ。

 「この言葉に対して、脚本にはないけれど、信はどこかで答えを出すべきだと思った。そうしたら、浅野さんは最後の薫とのシーンで見事に答えを出してみせた。あれには鳥肌が立ちましたね」

■緊張した俳優の鼓動がマイクに…

 本作では、浅野だけでなく、田中や寺島、子供たちも、ドキュメンタリー作品を見るような、心を震わせる演技を見せている。即興性を重視する厳しい演出に浅野も追い込まれたが、共演者たちも極度の緊張を強いられた。

 「俳優たちの鼓動が激し過ぎて、マイクが拾っちゃうんです。その音だけ後から消していますけど」と三島監督は笑う。

 「ツギハギだらけの家族」として、悩み続けた信。家族は1枚の布になる日が来るのだろうか。

 三島監督は、「再婚家庭であろうがなかろうが、問題は同じ。信は『父とは何か』の正解が結局見つけられないけれど、一瞬“何か”が見えた。そんな瀬戸際の一瞬が家族だったり人間をつないでいるんじゃないでしょうか」と語った。

(文化部 岡本耕治)

 ●三島有紀子(みしま・ゆきこ) 大阪市出身。18歳から自主映画を撮り、大学卒業後、NHKに入局。「トップランナー」や「NHKスペシャル」などドキュメンタリー番組を担当。独立後、2009年に「刺青 匂ひ月のごとく」で監督デビュー。主な作品に「しあわせのパン」(12年)、「ぶどうのなみだ」(14年)、「繕い裁つ人」(15年)など。

最終更新:8/13(日) 10:43
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