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沖縄の富川副知事は空手三段 菅官房長官と同じ道場に

8/13(日) 10:20配信

沖縄タイムス

 沖縄国際大学の元学長で、論理的かつ冷静な経済学者という印象の富川盛武副知事(69)は、空手三段の腕前を持つ。関東地方で過ごした大学院生時代に「都会は怖い」と護身用に始め、のめり込んだ。精神力が鍛えられたのはもちろん、突きや蹴りなど動きの一つ一つに意味を持つ空手の考え方に、大きな影響を受けたと感じている。(政経部・福元大輔)

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毎朝サンチン 「心落ち着く」

 24歳で明治大学大学院に進学。千葉県の沖縄学生会館で空手同好会に入った。体を鍛えようと思ったのがきっかけだが、沖縄で生まれたからには「空手と三線はできるようになりたい」という理由もあった。

 学生会館でけいこを重ね、週1、2回、東京・新宿にあった沖縄剛柔流の渡口政吉氏(1917~88年)の道場に通った。たくさんの仲間と汗を流し、空手の奥深さを学んだ。

 やっていて良かったことが二つある。一つ目は留学したドイツでのこと。さまざまな国の学生が集まる語学コースのパーティーで、「無芸」を悩んだ末に空手の演武を披露。拍手喝采を受け、「教えてほしい」と“弟子”もできた。

 二つ目は帰国後に沖国大で教べんを執っていた頃、東京時代の空手仲間、宮城和邦氏の紹介で、映画ロッキーの監督として有名だったジョン・アビルドセン氏に沖縄を案内した。

 米国の空手ブームを背景にした「ベスト・キッド」(84年、原題「カラテ・キッド」)のパート2を沖縄で撮りたいという意向を受け、各地の道場や離島を回った。コロンビア映画から贈られた感謝状は今でも大切に保管している。

 沖国大では約15年間、学生や地域住民とけいこに励んだ。知念賢祐氏、大城善栄氏ら世界的に活躍する空手家と親交を深めたこともいい思い出という。

 副知事に転身後、官邸であいさつした菅義偉官房長官が、渡口氏の道場に通っていたという奇遇を知る。お礼状に渡口氏の師匠で剛柔流の開祖宮城長順氏の言葉を添えた。「人に打たれず、人を打たず、事なきをもととするなり」。返事はないが、基地問題で意見が対立する中で、何かの突破口になるかもしれないと思いを込めた。

 毎朝、剛柔流の基本「三戦(サンチン)」で始動するのが日課だ。「すとーんと心が落ち着く」。空手の持つ哲学的な思想は、よわいを重ねるごとに人間関係や政治的な立場を含め、示唆を与えてくれる。

 「世界がひれ伏す沖縄空手」と誇る一方、「行政のサポートが弱い」と自認する。東京五輪の正式種目に採用されたこともあり、「発祥の地から空手の魅力を広める努力を続けたい」と誓っている。

最終更新:8/13(日) 10:20
沖縄タイムス