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驚愕の連続 マツダよそれは本当か!

8/14(月) 6:14配信

ITmedia ビジネスオンライン

 8月8日、マツダは2030年に向けた技術開発の長期ビジョン「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言 2030」を発表した。

【初期レスポンスの良さが分かる図】

 基本方針は、2007年に発表した「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」の延長線にあるものだ。内容は3つに分かれる。

(1)環境対策

(2)安全対策

(3)走る歓びによる心の健康

 (1)の環境対策については、「Well-to-Wheel」(燃料採掘から車両走行まで)での企業平均二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに、2010年比で50%、2050年までに90%削減という大胆な目標が設定されている。

 日本企業の場合、すでに生産設備などの常識的な環境対策は80年代から着々と実施済みであり、例えば中国あたりのように環境を軽視してやりたい放題の政策を取ってきた状態からの削減ではない。日本は90年ごろにはすでに先進各国が目標とすべきラインを実現していたのだ。「乾いた雑巾を絞る」という言葉を思い浮かべる。にもかかわらず、マツダが10年比で50%、90%という無茶とも思えるほどの強烈な数値目標を自ら掲げたことには衝撃を受けた。正直なところ信じ難い思いである。

 もう1点、マツダらしいポイントはWell-to-Wheelにある。これはマツダが従来から唱えてきた主張で、現状において、インフラ発電が化石燃料頼りであるにもかかわらず、クルマの走行部分だけを切り出して、ゼロエミッションを主張する電気自動車勢に対して、「そんな欺瞞(ぎまん)でいいのか!」という指弾がのど元まで出かかっているように筆者には見える。

 急速に進歩を遂げつつある現在の最先端ガソリンエンジン車、あるいはハイブリッド車は、Well-to-WheelのCO2排出量はすでに相当に低く、現状を前提にすればインフラ発電経由の電気自動車におけるWell-to-WheelのCO2発生量と変わらないか、逆に少ないくらいの水準に達している。イメージ的に言えば、電気自動車が削減したCO2はそっくりそのまま発電所に付け替えられて、発電所でまとめて排出している状態だとも言える。

 もちろんこのあたりは考え方にもよる。発電所にまとめて、そこで低減策を講じていけば、現状では欺瞞でも技術の進歩によって欺瞞でなくなる日は来るだろう。風力、水力、太陽光や原子力。あるいはCO2回収装置付きの火力発電なども技術的にはすでに完成しているのだ。後はものによってコストと稼働の安定性が課題である。

 冷静に見ると、電気自動車でのCO2削減は結局のところインフラ発電の低炭素技術に依存したものであり、CO2を削減したのが一体誰なのかを考えれば、その主役が自動車メーカーであると言えるのかどうかは疑問だ。

 さて、マツダの環境技術の具体策としては、19年から電気自動車など電動化技術を追加しつつ、本命である内燃機関の改革を行うというものだ。なぜ内燃機関が本命かと言えば、環境技術は普及しなくては意味が無いからだ。いくら素晴らしい環境性能でも、高価で小数しか売れないクルマでは地球環境は変わらない。安価でインフラの充実を待たずに今すぐ使い倒せる環境技術でなければ普及はおぼつかない。マツダは今回の長期ビジョンの中で、「内燃機関自動車は、将来においても世界的に大多数を占めると予測され、(内燃機関の効率化は)CO2削減に最も寄与すると考えられる」とアナウンスしており、それは筆者も同意である。

(2)の安全については、基本となる視界やドライビングポジションの適正化に加え、センサーやカメラを用いた認知・判断をサポートする運転支援システムの標準装着化、さらにマツダが提唱する「マツダ Co-Pilot Concept」に基づく自動運転システムの研究開発が要旨となる。

 (3)心の健康に関しては、マツダがかねてより提唱してきた「運転による心身の活性化」を目指し、「走る歓び」をさらに進めると言う。

 (2)と(3)は明らかに筆者の説明不足だし、実はおもしろい話がたくさんあるのだが、それを書いていると今回のメインディッシュである「SKYACTIV X」に永遠にたどり着けないので、いずれ折りに触れてということでご容赦願いたい。

 さて、長期ビジョン全体の中で、最も注目されたのは「内燃機関の革新」の中核となるSKYACTIV Xだ。かねてよりマツダが研究中と伝えられてきたHCCIエンジンがいよいよそのベールを脱いだことになる。

 HCCIとはHomogeneous-Charge Compression Ignitionの頭文字を取ったもので、日本語で書けば「予混合圧縮着火」である。筆者が最初に意識したのは00年代初頭に現ダイムラーが次世代技術としてプッシュしたときだ。

 さて、ここからはエンジンのお勉強だ。通常のガソリンエンジンは、理想的な空燃比(14.7:1)にした混合気にプラグで着火する。紙の端っこにマッチで火を付けて燃え広がらせる。つまり端から順番に延焼させていく燃焼メカニズムである。だから技術の核となるのはどうやって燃え広がり易い状態を作るかということになる。

 少し前にリーンバーンエンジンが流行した。リーンバーンは少ないガソリンで燃焼を行い、燃費性能を上げようというシステムだ。あれの失敗の原因はまさに燃え広がり難さにあった。燃料が薄いということは燃え広がるのに都合が悪い。紙の例えに戻れば、部分的に湿っていて燃え難いために、途中で火が消えて燃え残ってしまう状態になる。燃料が少なくて空燃比が薄いにもかかわらず燃焼がくすぶり、まるで燃料が濃すぎるときと同様、煤が大量発生して燃焼室に堆積してしまうのだ。リコールの多さに辟易した自動車メーカーはリーンバーンから撤退した。

 薄い燃料でも安定的に燃やす方法は無いのか? そこで考え出されたのが、圧縮着火である。気体は圧縮すると温度が上がる。物理で習ったPV=nRT。理想気体の状態方程式というヤツだ。数式の便利なところは分かる人にはそれだけで分かることだが、逆に悪い点は、分からない人には見ただけで嫌になるところだ。嫌になった人は単純に気体は圧縮すると温度が上がると理解しておけば、ここでは困らない。

 問題はその温度上昇の度合いだ。おもしろい実験を見たことがある。試験管に綿くずを入れて、手押しポンプで空気を圧縮すると、たったワンストロークでこの綿くずが一気に燃える。もちろん燃料や火薬が入っているわけではない。ただの空気と綿くずである。圧縮による温度上昇はそのくらい高温になるのだ。

 燃焼室に混合気を入れておいて、この実験と同様に圧縮すれば燃料は自己着火して燃える。そのときの燃え方は、プラグで端から着火するのとは全然違う。高温に耐えきれず、混合気が一斉に燃えるのだ。つまりプラグ着火と圧縮着火では燃え方のメカニズムそのものが違うのだ。これが何に影響するかと言えば、排気ガス中の有毒成分だ。問題になる物質は主に4つ。一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)、そして煤(PM)だ。

 圧縮着火は、プラグ着火のように延焼を待たなくても良いので、燃焼時間が圧倒的に短い。空燃比を薄くしても全部が一斉に燃え、途中でくすぶることも無いので、空燃比の自由度が極めて高い。少ない燃料でも完全燃焼が可能なので、くすぶりに起因するPMは発生しないし、空燃比が薄いということは酸素が過多なので、本質的に酸素不足に起因するCOやHCは発生しない。

 燃焼に詳しい人なら「薄いとNOxが出るのではないか?」と考えるかもしれない。なぜそう考えるかと言えば、NOxの発生メカニズムは、本来安定している窒素(N2)が燃焼の熱によって、酸素(02)と化合してNOxになる形だからだ。窒素より不安定な水素や炭素が酸素の近くにあれば、酸素は窒素より優先的に水素や炭素と化合するのでNOxは発生しないのだ。逆に言えば、酸素が過多だと、水素や炭素にあぶれた酸素が窒素と化合するのでNOxが発生してしまう。そのバランスを取るためにこれまでは空燃比が極めて重要だったのである。

 ところが、圧縮着火は燃焼速度が従来比で異常に速く、窒素が酸素との化合に必要なほど熱エネルギーを受けず、酸素と化合できない。

 一度整理しよう。空燃比を薄くすれば燃費が上がる、燃料使用量が減ればそれにひも付いてCO2排出量が減る。しかし従来のプラグ着火ではそれをやりたくても、PMやNOxが発生してしまい。エンジン不調を招いたり、排ガス規制に引っかかったりした。そういうトラップを全部避けて希薄燃焼を可能にするのが圧縮着火なのである。

 これだけの多大なメリットがあったから、次世代夢のエンジンとして、世界中のメーカーが目の色を変えて研究したが、なかなか物にならなかった。技術的に難しい点がいくつかあったからだ。

 HCCIは、始動時や始動直後にはどんなに頑張ってもプラグの助けが必要だ。低回転高負荷では温度が不足して失火するし、回転を上げていくと反応時間不足で失火する。アクセル開度が大きくなれば、制御しきれずにノッキング状態になる。そういう局面では従来型の火花着火に切り替えざるを得ないが、そうすると運転状況によって頻繁にプラグ着火と圧縮着火を行ったり来たりしなくてはならず、そのモード切り替え時に煤と排ガスの問題が発生してしまう。圧縮着火できる範囲を拡大しつつ、プラグ着火との切り替えをどうやって制御するかが問題だったのだ。

 もう1つは点火タイミングだ。エンジンの着火のタイミングは精密性が求められる。タイミングが狂えばエンジンが壊れたり、そこまでいかなくても熱効率が激減してしまうのだ。ブランコを漕いだり、フラフープを回したりするとき、加力のタイミングが重要なのと同じことだ。エンジンは、平気で1分間に5000回転も6000回転も回るわけだから、精密にここぞというタイミングで着火できなければ回るわけが無い。従来のガソリンエンジンなら点火プラグで、正確なタイミングを図ることができたし、ディーゼルエンジンでは空気だけを事前に圧縮して高温になった燃焼室に燃料を噴射することで点火タイミングを調整していた。圧縮着火では圧力の上昇=温度上昇で点火タイミングをコントロールしなくてはならない。ところが、気温が変われば元の吸気温度は変わるし、燃料の噴射量によって気化潜熱(燃料の蒸発によって温度を下げる作用)も変わる。精密にタイミングを合わせるのが難しいのだ。

 マツダが圧縮着火をものにしたのは、プラグの積極利用を行ったからである。ピストンによる圧縮だけで圧力をコントロールしようとすると難しいのであれば、圧縮着火の直前までピストンで圧を上げておいて、最後にプラグで火を付ける。プラグ周りで燃焼が始まり、燃焼ガスが膨張することで周囲の混合気が着火圧力に達し、そこからは圧縮着火のメカニズムが働く。

 プラグを使うのは同じでも従来の延焼方式によるプラグ着火とは燃焼のメカニズムが違う。だから例え着火のきっかけにプラグを使うとしても、圧縮着火を実現している。いや正確に言えば、プラグを使うことで、タイミングを制御した状態の圧縮燃焼を実現したのだ。実はここまでは数社のメーカーが到達していたらしい。

 プラグを使って最後のひと圧縮を行う幅を変えれば、モード切替のバッファが大きくなって、シームレスに燃焼モードを切り替えられる。この燃焼のシミュレーションをマツダは徹底的にやった。根性で試作を繰り返すのではなく人が少ないのだから少ないリソースを補うためにコンピュータを活用した。MBD(Model Based Development)と呼ばれる手法で、切り替え領域を整理して地道に適応範囲を広げて行ったのである。

 マツダではこのプラグを制御因子とした圧縮着火をHCCIではなくSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)と名付けた。「火花制御による圧縮着火燃焼」である。

 HCCIを実現しようとするとき、普通のエンジニアなら「いかにプラグを使う領域を少なくするか」を考える。しかしすでに述べたように、HCCIであろうとも厳しい領域のために点火プラグは装備している。「だったら、プラグを使ってタイミングの適正化を行いつつ、圧縮着火の制御因子に使おう」と考えたのだ。

 さて、このSKYACTIV Xの性能だが、マツダの発表では全域でトルク10%向上(最大30%)。従来のSKYACTIVに対して燃料消費率を20~30%改善(08年のマツダ製同排気量エンジンから35~45%改善)というすさまじいものになっている。

 マツダの言い分を平たく言えば、レスポンスが良くて力があって、燃費も素晴らしいということだ。筆者は、あまりにも話がおいしすぎて少し腰が引けている。もしかしたら音がディーゼルに近いのではないかとか、あるいはかつてのリーンバーンのような煤の堆積問題がホントにないのかなど。これほどにすごい性能がリスク無しで本当に手に入るという話が信じ切れずにいる。

(池田直渡)