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金と夢の両立にこだわり続けた「アフリカのナポレオン」セシル・ローズ(下)

9/8(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 南アフリカでダイヤモンド鉱山を掘り起こして、成功を収めたセシル・ローズが、次に目を付けたのは、金鉱山でした。金ではダイヤの以上の成功を収め、のちに南アフリカを農業国から鉱山国へと変化させ、発展させていきます。しかし、掘り起こされたダイヤと金の数だけ原住民たちの血と涙と汗がにじんでいたことは言うまでもありません。数々の名言と共に全盛期から晩年までのローズの野望を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  ダイヤモンドに次いで、金鉱山も発見

  1884年(明治17年)、南アフリカのトランスバール地方で金鉱が発見される。政府はこの地方をランドと命名、国有化、貸し鉱区制で開発に着手する。鉱脈の深さ、広さにおいて世界有数の金脈であることが判明する。するとローズはコンソリデーティッド・ゴールド・フィールス社を設立、産金業に大きな一歩を踏み出す。

 1万1000近い泡沫会社が発生するが、1889年には不況に遭遇する。泡沫会社が陶太される一方でローズの会社が肥大化していく構図はダイヤモンドの場合と同じである。ローズは会社のもうけの15分の3を配当に回し、15分の2を重役の手当とした。創立から5年で資本金は10倍になり、配当も累増していった。ローズの持株は1895年の時点で140万株(1株1ポンド)に達した。配当だけでも莫大な額である。

 金鉱の生産額はたちまちダイヤを抜く。1887年当時は荒涼とした大地に3000人ほどの鉱夫が働いているだけの淋しい村だったが、1899年には12万人に膨れ上がりヨハネスブルグと呼ばれる南アフリカ屈指の都市に生まれ変わる。やがて金の輸出額がダイヤを抜いて輸出品の第1位となり、世界最大の産金国となる。その莫大な利益の源泉はダイヤモンドと同様、原住民の汗と脂と涙の結晶である。そして100年後、サッカーワールドカップが開催されるアフリカ最大の国際都市と飛躍することになる。

 ダイヤに続く金の発見で南アフリカは農業国から鉱業国へと変容する。本文:4,218文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:9/15(金) 5:51
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